1996春-5
すれ違った瞬間に、男の目が薄っすらと眇められ顎が上がった。反射的に、俺の顎にもぐっと力が入る。
チンピラ同士が街で目がかち合った時の敵愾心と闘争心の残滓。
「――お互い、育ちは隠せねぇな」
俺の肩に重い両手を置いて、男は靖彦に聞こえないぐらいの低い笑い声を耳元に響かせた。
それが【アレクサンドライト】のオーナー、昔800人を超す暴走族【アンデッド】の総長だったという生島壮介との出会いだった。
【アンデッド】は時代も地域も違う俺たちの耳にも届いていたくらい勇名を馳せた首都圏の暴走族グループだった。族の一番華やかな70年代後半、その大規模で激しい抗争の噂は当時ガキだった俺たちの胸を熱くさせたものだった。
「お前がこのビルの持ち主なんだって?」
加納が俺の素性を話したのか、一人で立ち寄った俺をカウンターに呼んで生島は酒を奢ってくれた。
高そうなブランデーだったが相変わらず俺には味も価値も、その有難味はよくわからなかった。
「名義が母親なだけで、本当は親父のものですよ。俺には一銭も入ってくるわけじゃありません」
「首藤組の組長はなかなかのやり手らしいって聞いてるよ。ヤクザにしておくには惜しい金稼ぎの手腕を持ってるという噂だ」
生島は弱冠20歳で【アンデッド】の総長についたはずだから、今は40そこそこだろう。上背もあり、今でも鍛えた体は服の上からもよくわかった。
客に見せるのは抑制のきいた声ともの柔らかな表情だったが、俺に向けられるのは威圧感を隠さない素の顔だった。
ウィスキーのグラスを片手に持ったまま、もう一方の手を伸ばして俺の額の傷跡に触れてきた。
「こいつは――けんかの傷か」
「中坊の頃、木刀で割られたんです」
俺の傷跡を指で撫でながら、生島が不意にくすくすと笑いだした。「――木刀とか鉄パイプとか。懐かしいな・・・」
「俺も族やってたんです。紅蓮って言う・・・田舎だから【アンデッド】みたいに有名じゃないけど。俺が仕切っていた頃は50人ぐらい並んで走ってました」
憧れの英雄の前で俺も負けていないという子供っぽい見栄を張ってしまった。あの頃、紅蓮は最盛期でも50人には届かなかった。
「みんなと走ってる時、楽しかったろ」
そこには俺と同じ、過去への思いが籠った懐かしげな響きがあった。
「対立してる奴らを追い回してる時が一番楽しかったですよ」
その答えに今度こそ生島は声をあげて笑い、俺の頭を掴んで髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
生島はどこのヤクザの組織にも属していなかったが、やっていることはヤクザとほとんど変わらなかった。
一昔前なら、それをヤクザ社会が黙っているはずはなかったが、四年前の1992年に施行された暴対法(暴力団対策法)で、警察の取り締まりが圧倒的に強化された。
上下関係の厳しい縦社会のヤクザ組織を嫌う暴走族や愚連隊上がりの若者は、自分たちで徒党を組み、反社会勢力としてのし上がっていった。
だが、彼らは暴力団の組織に加わっていないために、暴対法の指定対象となることもなかった。
一般人と暴力団の間に厳然とあった垣根も彼らには関係なかった。生島たちのように、経済界や芸能界に食い込み、表の世界でも名が知られるようになるものも増えた。
裏ではそれなりにヤクザと手を組むところもあったが、古臭い規律で縛るヤクザとは違い野放図に放たれた凶暴な面を抑制する力は少なかった。
加納がこれからの裏社会を牛耳るのは奴らかもしれないと言っていたグループは、後に半グレと呼ばれる勢力となっていく。




