1996春-2
加納が連れて行ったのは、同じビルの最上部8階に入っている会員制のラウンジバー【アレキサンドライト】だった。
黒の革張りの重厚な扉の前に立った黒服が加納の顔を認め、中に合図を送って初めて招き入れられた。
色とりどりの豪華な蘭の花がこぼれんばかりの大きな鉢が飾られた入口に立つと、さっと別の黒服が寄ってきて席へ案内する。足首まで埋まるような床の絨毯、煌めくシャンデリア、置かれているソファーやテーブルも高級感にあふれて、バブルが終わったことを忘れさせる。
「生島さんは――」
「オーナーは、今日は他所を回っています」
マネージャーらしい黒服と加納の会話が交わされていたが、俺は照明の抑えられた広い店内を見回すのに忙しかった。
客層は加納のガールズバーよりずっと上をターゲットにした店だろう。身なりのいい客の男たちの年代は様々だったが、席についている女の子たちはほとんど外国人だった。
透き通るような白い肌と金髪のロシア系や、抜群のプロポーションのラテン系と様々だが、どの子も目を見張るくらい若くてきれいだった。
「こっちは首藤博之くん。また来店するかもしれないから、その時は俺につけておいてくれ」
加納が俺をマネージャーに紹介した。
「首藤様というと・・・ああ・・・・承知しました。ぜひご贔屓に」
加納の背景から俺の素性を推察したのだろう。マネージャーの笑顔が本物になった。
「あ、カノウさんだ。お久しぶり~」
呼びもしないのに、二人の女の子の子が加納を見つけて席に飛んできた。片言だが、流ちょうな日本語を話している。大人びて見えるが、おそらく20歳にはなっていないだろう。
「またゴハン連れてって~」
「私、ピアス開けたノ。小さいダイヤ、イッショに買いに行こうヨ」
加納は笑いながらあしらっていたが、俺を振り返って、「ほら、若いいい男を連れてきてやったぞ。腹の出たおっさん相手ばかりじゃ退屈だろ」
そう言われて、初めて女の子たちは俺に顔を向けた。
人形のようにきれいな顔で、目だけが冷静に俺を品定めしていた。金を持っているか、持っていないか。それだけを探る目。
人目に立つほど可愛い顔と抜群のスタイル――野心と貪欲を剥き出しにした目を持つ少女たちの多くが、売り出したばかりのモデルの卵だと後で加納が教えてくれた。
【アレキサンドライト】のオーナーの生島というのは外国人モデルのプロダクションも経営していて、多くの女の子たちを抱えていた。顔も広く、とくに急成長してきたIT企業の若い社長たちを始めとした経済界や芸能界との交友も盛んで、客たちの大半はそうそうたる名をもつ男たちだった。
プロダクションの女の子たちを紹介し、売り込みとスポンサー探しに便宜を図るという、一歩間違えれば売春斡旋業みたいなものだ。
「生島という奴も本業はヤクザなのか?」
俺の問いに加納は意味深に笑って首を振った。
「これからの裏の世界を牛耳っていくのは、生島みたいな男かもしれませんよ。博之さんが自分で確かめてみたらどうです」
俺と頻繁に会うのはやっぱり親父に申し訳が立たないからと、加納は俺に名刺だけ渡して、「まあ、何かあったら私の名前出してくれていいですよ」と離れて行った。
おそらく加納の思惑は、俺が首藤組の跡を継ぐつもりがあるかどうか、確かめたいところにあったのだと思う。
親父も50を越えて、後継者を探る動きが組の内外に広がり始めたのかもしれない。
生島という男について加納に言われた言葉を確かめたくて、俺は【アレキサンドライト】へ通うことにした。
そして、そこで――柘植靖彦(つげやすひこ)と出会った。




