1986春-7
「誰にやられた――」
ショーヤが俺の顎を掴んで振り向かせて鋭い目をした。破れた学ランのことは不問にしてくれるらしい。
「やられてねーよ。引き分けだ。香西のカイって奴」
わざと痛むように掴んでいる手を払いのけて、少しだけ嘘をついた。
小学校の頃、喧嘩して負けて泣きながら帰ってくると、「勝つまで帰って来るな!」鬼のような形相でショーヤに殴り飛ばされたものだった。
「香西中にヒロとタメ張れる奴がいたのかね。カイって聞いたことねえな」
首を傾げるタクロウさんに、
「監物組にいた甲斐の息子が香西に行ってると聞いたことがあるな。確か、そらやヒロとタメだったはずだ」
さすがに物知りのそらの兄であるマリンさんがすぐに答える。
「甲斐って、あのポン中(覚せい剤中毒者)か?今、あいつはムショの中だろ」
「あいつに息子がいたのか?」
三人が顔を見合わせているところを見ると、カイの親父というのはなかなかの有名人らしい。
麻雀パイを並べ終わった時に、インターホンのブザーが鳴ってショーヤが母屋へ出て行った。
誰かから電話がかかってきたのだろう。
携帯のない当時、連絡は固定の家電でしかできなかったが、かなえさんは離れに電話を引かせなかった。
外からショーヤに連絡するには、母屋の電話でかなえさんのチェックを受けるしかないようにしてあった。
ショーヤが席を外した隙を狙って、俺は【紅蓮(ぐれん)】の走りに参加していいか、タクロウさんにねだってみた。
「ショーヤが良いって言ったらな」 こればかりはタクロウさんも簡単に色良い返事はくれなかった。
ショーヤは俺の本当の兄貴でもなんでもないって言ってやりたかったが、周りにはほとんど舎弟扱いされているのが現実なのだ。
「バイクに乗ってチームのケツに付いてきちまえば、ウムヤムにするしかなかろ」
マリンさんは弟そっくりにけけっと笑ってそそのかしてくれる。
タクロウさんも笑ってそれ以上反対はしなかったから、OKを貰ったことにした。その時のショーヤの驚いた顔を見られると思うと、すごく嬉しくなった。
「ただし、原チャリなんかで来るなよ。【紅蓮】の名前に傷がつく」
それはなかなか厳しい条件だった。
麻雀は一晩中続いた。
俺は眠くてどうせ賭け金は免除してもらえるはずだから、うとうとしながら適当にやろうとしたが、他の三人がわざと痛む足を狙って蹴ってくるので居眠りすることもできなかった。
朝の六時頃に、やっと代わりのたっちゃんが捕まって俺はどうにか放免された。
疲れと全身の軋みに呻きながら、そのまま泥のように眠った。
夢の中に出てきたのは、格好良く二階の窓から飛び降りる俺を見ていてくれたはずの副委員長の武田綾香ではなく、
ショッポを咥えて近づいてくるカイの顔だった。
――お前、いい匂いがするな・・・
カイの血のにじんだ薄い唇がかすかに動いて囁いていた。