1988冬-10
呼吸ができなかった。
出せるだけの全力のスピードで突っ走るフェックスに向かって、風が叩きつけるような勢いで刃向い、俺の息の根を止めようとしていた。
「――親父はどこだ!」
幸町にある首藤組の組事務所に飛び込んで行った俺に、慌てた組員が右往左往として止めようとする。
それを片端から突き飛ばして奥に向かった。
組長の部屋に親父の姿はなく、若頭の滝さんとショーヤがいた。
「なんだ、ヒロ」
滝さんを制してショーヤが俺の前に立った。
「カイを連れ戻すんだ――!!」
そのためなら親父に頭下げる。高校だってちゃんと行く。紅蓮だって抜けてもいい。
「親父に頼むんだ!カイをうちの組に入れてくれって――!」
「何をガキみたいなことを喚いてるんだ!オヤジは出かけてて留守だ」
俺の前に立ちはだかって、鼻で笑うショーヤを本気で憎んだ。
こいつはいつもいつも俺の三歩も四歩も前を歩いて、俺の道を塞ぐ。
俺はショーヤに飛びかかっていって、その笑った顔に拳を叩きつけた。すぐに殴り返されて、後は俺の方がサンドバック状態だった。
ショーヤは体もでかいし、パンチが重い。殴り合いになるのは久しぶりだったが、やっぱり敵う相手ではなかった。
それでもどうしてもこいつに勝ちたかった。こいつを俺の前から押しのけたかった。
気が狂ったように暴れる俺を、部屋にいた若いもんが寄ってたかって押さえつけてきた。俺を止めるというより、ショーヤが俺を殴るのを防ぐためだったかもしれない。
やっと力尽きて大人しくなった俺とショーヤを残して、滝さんが他の組員を連れ部屋を出ていった。
「――カイがどうした」
床にひっくり返ったまま動かない俺の傍に屈み込んで、ショーヤが思いがけないほど優しい声で聞いた。
途端に喉に熱い塊がせり上がってきて、泣くまいと頑張ったが声が震えるのは隠せなかった。
「カイが、カイが・・・監物に行っちまう。あいつにカイを取られちまう」
「あいつって誰だ」
「カイの・・・親父。あんなのホントの親父であるもんか!」
「監物組の甲斐か・・・出てきたって聞いてたが」
大きく息を吐いたショーヤは俺の眼を覗き込み、昔の小さな俺に言い聞かせるような口調になった。
「カイが女なら、お前が守って傍に置いておけばいい。だが、あいつは男だ。お前の横に並びたがってた男だ。どんな道だろうが、自分で歩いて行くしかない。
ここにあいつの居場所はない」
「俺が組を継ぐ!それでカイを若頭にするんだ!」
「だめだ。お前に首藤組は継がせない」
拳よりも強い言葉で、ショーヤは俺を打ち砕いた。
「ふざけんな!首藤組は俺の親父の組だ!実子の俺が跡を取るんだ!」
「何度も言わすな。ここにはお前の居場所もないんだよ、ヒロ!」
突きつけられた言葉に、感情の全てが崩壊した。やり場のない泥濘の中で、俺は喚くことしかできない。
「お前が取ったんだ!組も親父も!――カイぐらい俺にくれよ!!」
「いつまでガキのままでいるつもりだ!」
もう一回殴られて意識がぶっ飛んだ。
気がついたら家のベッドに戻っていて、かなえさんが何とも言えない顔で俺を見下ろしていた。




