1988冬-8
【ジャバウォック】の玄さんは甲斐松生を知っていた。
眉間に皺を寄せて、古い記憶を手繰り寄せるようにしばらく唸っていた。
「あれは・・・・俺が興龍会にいた頃だから、もう20年も前の話だな~・・・当時の甲斐は30前か。組の用心棒みたいなことをやってたが、恐ろしく強かった。10代からキックボクシングをやっていて、プロデビューも間近い頃ケンカで人を殺しちまったらしい。もうちっと若けりゃ年少で済んだんだが、20になってたからムショへ入れられて7~8年で出てきたところだった。
なにしろ強かったからあちこちの組から声がかかったが、どこへ行っても揉め事を起こして続かなかった。
俺のいた興龍会でも兄貴と揉めて――腕自慢の兄貴だったが、甲斐の蹴り一発でションベン洩らして失神しちまった」
怖いものなしの熊のような玄さんが身震いしながら口を結んだ。
カイのあの戦い方は、本物のキックボクサーに仕込まれたものだったのかと、俺も背中がざわざわするのが抑えられなかった。
「監物のオヤジから盃を貰って甲斐もやっと落ち着いたと思ってたんだが・・・シャブを扱ってるうちに、自分がシャブ中になっちまった・・・それでますます危ない奴だって、身内のヤクザでさえ避けて通るって言われてたくらいだ。傷害と覚せい剤売買で逮捕されて、また収監されたって聞いたのが、三、四年前の話だったな・・・
お前が連れてきたカイがあいつの子供だって聞いた時は驚いちまったよ。あいつに女や子供がいるなんて信じられんかった」
「カイの本当の親父じゃない。カイが小学四年の時に籍に入れてくれたって。カイにキックを教えたのもあいつだ」
「あの甲斐がなぁ・・・・」
それきり玄さんは黙り込んでしまった。
※ ※ ※
カイは紅蓮の集会にも姿を見せなくなった。
それでも俺のフェックスの隣には、互角に戦えるバタのケッチがいて、ダブルもそらもケータもいた。
一個上の先輩も何人か残っていたし、一個下のハガの代も加わって紅蓮は賑やかだった。
カイがいなくなってひと月後の三月の末、
集会が終わって解散した後みやこ食堂へ回ったのは俺たちの代10人だった。
「ヒロさん――」
裏の駐車場にバイクを止めると、バタが近づいてきてメットを脱ぎ捨てるなり俺に噛みついてきた。
「あんな無茶な走り方をするなよ!もう少しでダンプと接触してたぞ!」
ハガたち下の代がいるところでは我慢していたのだろう。心配と苛立ちで本気で怒っていた。
「・・・うるせぇよ」
自分でも気がついた時には冷やりとしていたから言われても仕方なかったが、口出しされたことに苛立ちが募った。
「らしくねぇよ。カイがいないからって、紅蓮の頭が落ちこんでどうすんだよ」
珍しくずけずけというバタに他の仲間が眼を逸らすのは、みんな同じ思いを抱いているからだ。
「もともと香西からの外様だ。あいつがいなくなっても、俺たちがいるだろ」
それを聞いて香西のクーガやりょーへーの顔色が変わる。
不穏な空気を察して、そらが慌てて割って入った。
「早くあったかいもの食おうぜ。みんな腹減って気が立ってんだよ」
バタの背を押すようにして表の店に連れて行こうとする。
ケータやダブルも俺の方をちらりと探るような眼を向けただけで、下手に口に出して刺激するような真似はしないようにというのが丸わかりだった。
正月にマッポ(警察)に囲まれて隠れていた時も、ふざけて笑い合っていた俺たちだったのに、今は誰もくすりとも笑い声をあげない。それも全部俺のせいだった。
たったひと月カイが隣にいないというだけで、俺はそのぽっかりと空いた喪失感に意気地なく参っていた。




