1988冬-7
土曜の夜。
いつもの様にみんなで走り、日付けが変わった頃、集合場所の外港突堤に近い港湾事務所まで戻ってきた。
海からの凍るような吹きさらしの風が当たる。バイクを降りた俺たちは、風よけになる建物の陰に走りこんだ。
一年で一番寒い二月の末、集まったのは紅蓮の本隊のメンバーだけだった。
二個上のマリンさんや的矢先輩らが引退した直後で、25人になっていたが、春からは一個下のハガの代が正式に加わるからまた40人ぐらいになるだろう。
さすがの俺たちも冷えた体でぼやきながら、国道の【みやこ食堂】で温ったかいものでも食ってから解散しようぜという話になった。
「俺、ラーメン」
「俺、豚汁」
「俺、お汁粉にしようかな」 そらの言葉にみんなどっと笑った。
ドカジャンに包(くる)まっているようなそらが一番暖かそうに見えていたせいもある。
「来週はどっかあったかいところへ遊びに行くか」
「美浜の温泉ランドが24時間やってるぞ」
カイは俺の隣で咥えたタバコに自分のジッポで火をつけようとしていた。指先が凍えていたのか、取り落したジッポを俺が拾ってやった。
「火、貸してやるよ。カイ」
みんな一服終えてバイクに戻っていく。
その背をちらと見てから、カイは俺の火のついたマルボロに顔を寄せた。
吸い込む息に火勢の強くなったかすかな明かりの中で、視線だけ上げて俺を見るカイの目に小さな炎が踊っていた。
二人で煙を吐きながら顔を上げた時、古ぼけた車がまっすぐに俺たちの溜まっている突堤の近くまで近づいてきた。
真夜中に、こんな場所まで乗り入れてくる人間は、めったにいない。
誰か知り合いかと思ったが、俺たちが置いたバイクの手前で車は止まり、ドアが開いて知らない男が一人降りてきた。
事務所の横の電柱の灯りを背に受けた男は黒い影になって、ゆっくりと顔を回して俺たちの顔を一巡した。
その見えない視線がカイの上で止まった。
「でかくなったなぁ、まさき」 ざらりとした声。
カイの指が俺のフライトジャケットの端を掴み、その細かな震えを俺の身体に知らせてくる。
「なんだ、まさか顔を見忘れたんじゃないだろうな。俺だよ。お前の親父が戻ってきたんだ。お帰りぐらい言ったらどうだ」
男は近づいてきて、誰かがつけたバイクのライトにその全貌が浮かび上がった。
それほど大柄な男ではなかったが、年齢が見定められなかった。
四年も刑務所に入っていたというのに、鋼の様な強靭さを秘めた痩せた身体と、異様なほどぎらついた眼をしていた。
俺だって頭のおかしい危ない奴と闘ったことは何度もあるし、首藤組に出入りする曰くつきのヤクザを目にしたこともあった。
それでも、この男から受ける狂気めいた威圧感に背筋がざわついた。
「長い間寂しい思いをさせちまったなぁ。俺が戻ったからもう大丈夫だ。美佐子もすぐに連れ戻してやる」
伸びてきた手が、カイの頭を掴むように撫でた。
カイは身動ぎひとつせず、無言で男を見つめていた。
四年ぶりに出所してきた甲斐松生という男は、もう一度俺たちをぐるりと見回して薄く笑った。
「もうガキの遊びは終わりだ。俺と一緒に来いよ、まさき」
カイの肩を抱くようにして、拳を軽くそのこめかみに当てながら大きく口尻をあげた。
カイはとうとう一言も言葉を発しなかった。
バイクを引き摺りながら、男の背を追って歩き出した。
「――カイ!」
まるで俺の声が聞こえていないように、去って行く足下は止まらない。
「待てよ、カイ!――行くな!」
情けないことに、俺の震える足はカイを追う一歩が踏み出せなかった。
男の車とカイのバイクの音が闇の中に遠ざかっていく。
甲斐松生という怪物が、俺からカイを取り上げようとしていた。




