1988冬-6
「寒み~よ…ヒロさん~ 来年は四輪で来ようよ~」
さっきまでべそをかいていたはずのケータが背中から俺に抱きついて来て、そらとダブルがその上から圧し掛かってくる。
「何やってんだよ、ヒロさんが潰れんだろ」
バタが押しのけようとしてくれたが、あっというまに団子状態になって押し合いへし合いしていると少しは暖かい。
「ガキが・・・まったく」
「ヒロ、頭のてめぇが何やってんだよ」
岩城や的矢先輩たちがあきれ顔で苦笑いしている。
大きな族のナイト・リッパーや拳王は、抜けるには半殺しの制裁を受けるぐらい規律が厳しいと聞いていた。
岩城の取り巻きも、上下関係が煩そうでいつもピリピリしている感じだ。
紅蓮は初代のタクロウさんがこだわらない人だったから、普段はみんな冗談を言い合ったり、平気で愚痴をこぼしたりしていた。
それでも事に当たる時は一致団結して、どこよりも大胆で勇敢だった。
俺はそんな紅蓮が好きだったし、守っていきたいと思っていた。
新参である香西のカイたちはこんな風なふざけたことはしない。クーガやりょーへはいつまでたってもカイに遠慮があった。
「カイも来いよ。あったかいぞ」
ショッポを咥えたまま、カイは頭を振りながら離れていった。
ひどく孤独で寒そうだった。
※ ※ ※
執拗なサイレンの音はいつまでも続いて、俺たちは凍死寸前だった。
後で新聞で知ったことだが、その年の正月は荒渡大瀬崎を挟む両県の警察が協力体制を敷き大人数を動員して、暴走族を一網打尽にする戦略をたてたのだ。
事実、次の年から正月暴走は激減した。
もっとも、数年もたたずに復活し、また警察とのいたちごっこが続いたが、ビデオやオービスが当たり前になると、あれほどの騒動は減っていった。
9時すぎにやっと検問が解除になったらしく、サイレン音が聞こえなくなった。
警戒しながら出ていくと、おびただしい数のいた警察官の姿は一人も無く、車両や検問の道具類も消えていたが、道路にはブレーキ痕やオイルの染みが激しい戦いの跡を残していた。
道路脇にバイクを転がしたまま座り込んでいる奴らもいた。
改造でつけた三段シートやスワローテールがむしり取られている。
「ひでぇよな。自分で外せってやらせんだぜ。整備不良の切符は切るしよ。あいつら、鬼だよ」
数が多いから全部押収という訳にはいかなかったのだろう。抵抗して公務執行妨害で逮捕された者以外は、違反切符を切って帰されたらしい。
検問を突破して逃げられたのは、せいぜい十数台というところだった。
また警察と出くわさないように用心して国道とバイパスを避け、脇道を走って、唐沢川もずっと上流の小さな橋を渡り、やっと地元に戻って来れた。
岩城たちはナイト・リッパーの残りの仲間がどうなったか知るために、そこで別れて走り去った。
「なんかあったかいもん腹に入れようぜ」
正月三が日だって休まない【みやこ食堂】がこれほどありがたいと思ったことは無かった。
国道からは見えない裏の駐車場にバイクを止めて、暖房の効いた店内に入るとそれだけで生き返るようだった。
「とりあえずウドン」
「俺ラーメン」
「俺も。大盛り」
食券売り場で騒いでいると、奥のテーブルで飯を食っていた二人連れの男が、俺たちを手招いている。
「げっ、生活安全課の但馬だ」 的矢先輩がさっと顔を背けたが、「おう、的矢。顔見せろや」 とっくに見つかっていた。
中学の時悪かった的矢先輩の代は、但馬にさんざん世話になっていた。
「お前ら、どこから帰ってきたんだ」
ニタニタしてるから、承知しているはずだ。
「八幡神社に初詣でですよ。そう言う但馬さんこそ、正月からこんなとこで何してるんです」
「どっかの馬鹿な奴らが県外まで暴走するせいで、正月から動員されたんだよ。全くえらい迷惑だ」
「俺はもう18過ぎたから、但馬さんの世話にはなりませんよ」
「今までさんざん世話になった分の礼ぐらい言ったらどうだ」
但馬に襟首をひっつかまれた的矢先輩は、大人しくテーブルに座らされ、ついでに俺も巻き込もうと袖を離さない。
他の仲間はこそこそ店の隅へ行って、もう盛大に食い始めている。
「ヒロ、お前が今度の紅蓮の頭か。せいぜい大人しくしてろよ。16になりゃ、刑事処分がつくんだからな」
「まあ、正月だ。そのくらいにしてやれ」 隣の席の同僚の刑事らしい男が苦笑いしてとりなしてくれた。
「近ごろのガキは口先だけで根性がないな。10年も前は火炎瓶を投げつけてきたり、パトカーをひっくり返して火をつけたりと、暴れ放題だった」
「検問してる警官に車で体当たりしやがったからな」
飯も食えず、オヤジ共の昔話に付きあわされてたまったもんじゃない。
やっと飯を食い終わった但馬が立ちあがった。
「餞別代わりに今回は見なかったことにしてやる。お前もそろそろ引退だろう」
但馬が的矢先輩をこつんと殴ると、先輩は黙って頭を下げていた。
もう一人の男が振り返って俺をじっと見つめて、余計なことを言った。
「お前、首藤のところの倅なんだってな。親父の跡を継いで、ヤクザになろうなんて馬鹿なこと考えるんじゃないぞ」
二人が店を出ていった後も、的矢先輩は頭を下げたままだった。
俺は気づかなかったことにして、もうすっかりのびてしまったラーメンをすすった。
※ ※ ※
正月暴走が、マリンさんや的矢先輩たちの最後の紅蓮の集会になった。一月の末に、俺たちの二個上の代は引退する。
マリンさん以外は悪ぶってる先輩たちだったが、約束通り年下の俺をよく立ててくれた。
「はらはらした分、面白かったよ、ヒロ」
「おまえなら、紅蓮の良いトップになる。ちゃんとみんなを引っ張って行けよ」
俺は笑って先輩たちに約束した。
※ ※ ※
その約束は結局守ることができなかった。
その年の二月、甲斐松生が出所してきた。




