1988冬-5
「みんなで固まってろ。少しは暖っかいだろ。寝るなよ、死ぬぞ」
それが冗談に聞こえない。
バタとケータの間にそらが割り込んで抱きつくと、「あ~あ、これが女なら遭難してもいいけどさ」 ケータがやっと空元気を出した。
マリンさんが持って来ていたチョコレートを割って、みんなに配って歩いた。
ほんの小さな一片で、口の中に放り込むとあっという間に溶けてしまったが、甘さが全身に沁みこんでいくようだった。
「ほら、ヒロさん」 カイが隣に腰を下ろしながら、チョコレートの欠片を俺の掌に落とした。
「俺の分もやるよ」
「いいよ、自分で喰え」 何も考えずにさっさと喰ってしまった自分が恥ずかしかった。
「お前ら、いつもつるんでて仲良いな」
頭上から声がして、タバコを咥えた岩城が俺たち二人を見下ろして笑っていた。
顔は拭いたのだろうが、まだ乾いた血がこびりついていた。
「お前、香西のカイだろ。結構強いんだってな。今度、俺とタイマンしてみないか」
俺を挟んでカイの反対側に腰を下ろしながら、岩城の口調は挑発的だった。
カイは押し黙って返事をしなかったが、挑戦されれば受けるだろう。
「さっきの若草連合とはなんで揉めたんだ」
俺もマルボロを引っ張り出しながら、話題を変える。血の匂いのする岩城は、なんだか不穏だった。
「あそことは前からやりあってたから、今日のも大した切っ掛けじゃない。駐車場で前を塞いだの塞がないだの、ささいなことからだ」
「そんなんで銃や日本刀を持ち出されちゃたまったもんじゃないな。あのヤクザはどうするんだ。後で仕返しされないか」
「あれは若草のケツもちの富山組だ。さっき、うちの組へこないかと声をかけられたから大丈夫だろ」
驚いて吸い込んだ煙が変なところへ入ったせいで咳き込んでしまった。
「富山組へ入るのか」
岩城は高校へは行っていないはずだ。さっきの様子では、ナイト・リッパーはもう岩城が実権を握っているように見えた。
「富山みたいなちんけな組へ行く気はないよ」
短くなった煙草を捨て、ブーツの先で踏みにじりながら岩城の目がまともに俺を見た。
一見穏やかな風貌なのに、死闘を終えたばかりの今日の岩城の目には、奥底に狂気めいた獰猛さが覗いている。
銃を持った男に飛びかかるような真似は、俺にはできない。
「ヒロ、お前、首藤組の組長の倅なんだろ。いずれ跡を継ぐ気があるのか?」
左隣にいるカイの身体がさっと緊張したのがわかった。
俺が答えずにいると、岩城がまた新しいタバコに火をつけながら、立ち上がった。
「お前の親父さんはなかなかのやり手みたいだ。首藤組はでっかくなる。俺をスカウトするなら、早い方がいいぞ」
それからカイの肩に軽く手を置いて、
「どっちが強いか決めるのなら、俺はいつでもいいぜ」と、低く笑って仲間のところへ戻って行った。
同い年のはずなのに、岩城にはいつも圧倒させられてしまうのが癪だ。
「俺はカイの方が強いと思う。だから、やんなくていい」
岩城の中に蠢く狂気にカイを向かい合わせたくなかった。
「心配しなくてもいいよ、ヒロさん。俺が絶対勝つから」
以前とは反対に、カイの方が穏やかに俺をなだめる。一人で生きていくと決めてから、カイは変わったような気がした。
左手に握りしめていたチョコレートの欠片が体温でドロドロに溶けていた。
もったいないから舌先で舐めていたら、カイが笑ってタバコを咥え自分のジッポで火をつけた。
ゆっくりと煙を吐きながら、バタンと仰向けに寝転がり、
「俺、仕事決まった・・・松爺の知り合いのタイヤ屋で働かせてもらえることになった」
「ちゃんと金払ってもらえるとこか。住込みなのか」
16の子供(ガキ)が稼げる金はたかが知れてる。今住んでいる団地は古いから安いといっても、それなりに家賃や光熱費もかかる。
俺が小遣いからいくらかでも渡そうとしてもカイは絶対受け取らないだろう。
「今まで通りでやってけるから大丈夫だ。家はあのままにしときたい・・・・美佐ちゃんが帰ってきた時、家が無いと困るだろ」
――美佐ちゃんなんか、帰って来るな。
顔を見たことも無いカイの母親に対する嫌悪が俺を苛立たせる。




