1988冬-3
やっと6時を過ぎて照明灯が当たっていない場所でも薄っすら人影が見えるようになった。
突然凄まじい大勢の喚き声と車のぶつかり合う衝撃音が響き渡った。それまで待ちくたびれて緩んでいた空気が一気に緊迫した。
「なんだ――」
もう手に獲物をひっつかんで走りだしている奴らもいる。
警察が押し寄せたにしてはサイレンが鳴らなかった。
「若草連合とナイト・リッパーがやりあってる!!」
「若草のケツ持ちのヤクザも来てるぞ!!」
口々に叫んで駐車場の奥に向かって駆け出していく。
ガソリンの匂いが広がり、ばっと火の手が上がった。ひっくり返されたバイクに火がつけられたのだ。
周囲に置かれていたバイクが慌てて逃げ出す。
黒煙を噴き出す炎に照らしだされ、数十人が入り乱れて闘っていた。
周りを囲むのはみんな高みの見物で歓声をあげて囃したてる。
「岩城はいるか」
「わからん」
若草連合は四輪の無線クラブだから、ライダージャケットを着ているのがバイクの多いナイトリッパーだろうというぐらいしかわからない。
「あいつ強い・・・」
カイがつぶやいて、俺もその視線の先を追った。
二人を相手に圧倒的に力の差を感じさせる男がいた。バットで殴りかかる一人を軽くあしらい、背後から飛びつく相手を鮮やかに投げて仕留めた。
取り囲んだバイクのヘッドライトが照らし出したのは、やっぱり秋葉中の頭だった岩城だ。
「お前とやったら、どっちが勝つだろうな」
ふざけた俺の言葉に、すぐにカイが固い声で被せてきた。「俺が勝つ」
どう見てもナイト・リッパーが優勢だったから、俺たちも余裕で声援を送っていた。
パン!パン!と乾いた音が続けざまに二回聞こえた。一瞬爆竹かと思ったが、並んだ車のボンネットによじ登った男が拳銃らしいものを手に、もう一度引き金を引いた。
「やべぇ、実弾だ!」
「ヤクザがとち狂いやがった!」
もう一人、ライトにぎらつく白刃を握った男が振り回しているのも本物の日本刀にしか見えない。
若草連合のケツもちのヤクザが劣勢に腹を立てたのだろう。
周りの観客も一斉に後退して距離を開ける。
ナイト・リッパーも一瞬怯んだように見えたが、どっちも頭に血が上っているのだろう。そのまま木刀や金属バットを振りかざして飛びかかっていく。
岩城の姿が車の屋根に上がり、銃を持つ男の背に飛びついた。
思わず足が一歩前に出る。
「待て」 マリンさんが俺の肩を掴んだ。
「あれ、聞こえるか・・・・」
低く、地の底から這いあがってくるような無数のサイレンの唸り。
スカイハイウェイを埋め尽くし、サイレンを鳴り響かせて上ってくる赤色灯の群れは警察車両の大軍勢だった。
俺たちの逃走経路はブルーライン側を下る一手しか残されていない。
「やべぇな。今度捕まったら絶対免停だ」
脛に傷を持つ先輩たちは、みんな違反切符を切られているからこれ以上の加点は、免停どころか、取り消しも危うい。
「バイクに乗れ!ブルーライン側の検問を突破するぞ!」
もう見物どころではない。
いち早く飛び出していくグループの後を追って、バイクや四輪が縺れ合うように下り始める。
「だめだ!エンジンがかからない!」ケータが悲鳴のような声をあげた。
「貸せ!」
的矢先輩が奪うようにしてキックでエンジンをかけようとするが、ケータのバブ(CB250T HAWK)は黙り込んだままだ。
二、三度押し掛けを試みるがそれでもだめだ。
「時間が無い!あきらめろ!」
バタがケータの腕を掴んで後ろに引っ張り上げた。
「バイク残しとくと身元が割れそうか」
「ダチの知り合いから譲ってもらったから、その先はわかんない。ナンバーは天ぷらだけど、普段から付けてるやつ」
「念のため、ナンバーだけ外しとくか。車体番号は削る間が無いが」
ケータが頷く前に、マリンさんがバイクから工具を取り出してナンバーを取り外そうとする。そらも手伝ってすぐにナンバーが外れた。
「もってけ」 渡されたナンバープレートを形見のように抱きしめてケータは捨てていく愛車を見送った。
隣県側のブルーライン料金所前は蟻も通さない完全封鎖が敷かれていた。道路の全面を夥しい数の警察車両が塞いでいる。
白い煙を吐く発煙筒が振り回され、検問を誘導するスピーカーががなり立てる。サイレンと爆音が重なり合い、戦場のような地獄絵図が繰り広げられていた。
取り囲んだ鉄柵にぶつかって停まった四輪から降りてこない手合いには容赦なく窓ガラスを叩き割られ、外に引きずり出されていた。
逃げようと走り回るバイクのタイヤに向かって警杖が投げつけられる。
辛うじてすり抜けても白バイが凄まじい勢いで追い詰めた。
一台も逃さない警察の気迫は、どっちが族かわからないほどの凶暴さだ。




