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1987秋-1

10月31日 最終土曜日


冷たい風の中を走り終わって【みやこ食堂】に戻ってきた時には、日付けが変わっていた。

俺の隣でバイクを降りているカイを見た時、あっと気がつく。

「カイ、美佐ちゃんの電話――」 毎月の最後の日、夜中の12時にかかってくる電話のためにカイは遅れないように帰っていたはずだ。


メットを脱いでいたカイは手も止めずに、「もういいんだ。電話は来ないから・・・」 そのまま、仲間の後を追って店内に向かって歩いて行く。

「いいってなんだよ。美佐ちゃん、どうかしたのか」

その腕を掴んで引き戻し、バタたちに先に行ってろと合図を送った。



「――8月の末から電話はかかって来てない・・・。金も振りこまれてない」

驚くようなことをさらりと言って、カイはタバコを引っ張り出すと、自分のジッポで火をつけた。

「だって・・・それじゃ・・・」

狼狽える俺に、カイは煙を吐き出しながら薄っすらと笑った。

俺が見たことのないような、急に大人びた醒めた目をしている。


「8月の初めにいつもより多めの金が入ってたから、あれが手切れ金だったのかな」

「何言ってんだ、お前のおふくろさんじゃないか」

「・・・・・男ができたらしい。一緒に逃げたんだろ・・・ばあさんに、俺のこと頼むって電話してきたってさ」

「いつ」 

「ばあさんから聞いたのは8月の中ごろかな」

二ヶ月も俺に黙っていたことを、まるで他人事のように感情もない声で続ける。


「ばあさんには、もう中学出てるんだから自分でやってけって言われた。家賃と自分で喰うぐらいは松爺の手伝いで何とかなる・・・・そのうち、ちゃんとした仕事を見つけるよ」

「高校は――」

「9月で辞めた。夏休み明けに出てこなくなった奴がいっぱいいる学校だからな。別にひき止められもしなかった」

「なんで俺に言わなかったんだ!」

「ヒロさんには関係ないことだよ。俺が自分でやってくことだろ」 カイは捨てた吸い殻を足で踏みにじりながら、じっと地面を見下ろしていた。


「何があっても紅蓮の集会には参加するから。ヒロさんは今まで通りでいてくれればいい」 

俺に黙ったまま、カイは一人で何もかも決めていた。

俺にできることは何もないと言われた気がして、突き放されたようなやりきれない思いがあった。



俺の家に住まわせてやりたい。金を貸してやりたい。ガキの俺の一存ではどうにもならないことばかりだ。

だけど、美佐ちゃんがいなくなっても、俺がカイの傍らにいるのを知っていてほしい――違う。本当は、逆だ。

カイが俺の傍から離れていくのではないかという不安に押し潰されそうだ。


「カイ、首藤組へ先に入ってるか。ショーヤに頼んで親父に話してもらうから」

ショーヤがちゃんと高校を卒業しているから、俺も自分が首藤組に入るのは卒業してからという思い込みに縛られていた。だが、カイはもう待ってはいられない。

16歳ではヤクザも組へは入れてくれない。組の人間の使い走りのような下っ端扱いだ。それでもショーヤの下でなら、きっと悪いようにはしないでくれるだろう。


カイは首を振った。

「ヒロさんのいない組に世話になるのはできないよ」

「ショーヤなら紅蓮でも一緒に走った仲じゃないか」

「ショーヤさんは凄いと思うけど・・・・あの人の下につくのは・・・・嫌だ」

正直に言えば、その気持ちは俺にもあった。カイがショーヤのものになってしまう気がする。


「俺は――ヒロさんが首藤組に入るまで待ってる・・・」

俯いたままそういうカイが切なくて、自分の無力さがたまらなくもどかしい。


「俺が18になって、首藤組に入ったらカイを迎えに行く。それまで待ってろ」

うん、とカイが頷く。

「高校を出るまであと二年とちょっとじゃないか。すぐたっちまう。きっと迎えに行くから、待ってろよ、カイ」

必死に言い募る俺に、やっと顔をあげてカイは笑ってみせた。


最初に会った頃のように、ぎこちない強張った口元だけの笑み。

修学旅行で買ったブレスレットは、まだ美佐ちゃんに手渡されないままなのだろうか。



学校も家も仲間も当たり前に存在し、世界は永遠に続くと思っていた俺に、現実はその甘さを嘲笑う。


永遠なんてものは――存在しない。



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