1987夏-3
派手なマフラー音やコールを響かせて新たな一隊が走りこんできた。
「やべーな」 的矢先輩がつぶやいたのが聞こえた。
ぎらつくライトを浴びせられた俺たちからは敵の姿は定かには見えにくいが、もはや圧倒的に不利だった・
「長門大橋が拳王に破られたぞ!」
「拳王の本隊だ!」
新しく来た連中の間から叫び声が上がる。
長門大橋はバイパス側の橋だ。
怒号と急発進するエンジン音が入り乱れ、あっという間に【那智】の奴らのバイクと車が姿を消した。
残ったのは、「拳王が来た!」と叫んでいた、最後尾の5台ほどのバイクだけだ。
それが向きを変えた時、【洲崎】のナンバープレートが見えた。
「ナイト・リッパー(night ripper)だ!」 先輩たちがさっと緊張をした。
白の特攻服の背に黒字で英語が刺繍されていたが、俺たちの代の中で読めた奴がいない。勿論その名前は知っていたが。
「ナイト・リッパーって、秋葉のか?」
そらに聞くと、うんうんと頷く。
市の北部を傘下にしていた秋葉中の卒業生でつくられたナイト・リッパーは、南野中の世紀末覇者:拳王と対立する族の二大勢力だ。
どちらもケツにヤクザがついていると噂だった。
初代の紅蓮はナイトリッパーとも何度も抗争を繰り返して、互いに不可侵の条約を結んでいたが、友好的とまではいかない。
なんで助けるような真似をしたのかと不思議だったが、バイクを降りた一人が近寄ってきて俺の前でメットを脱いだ。
――秋葉の頭だった岩城。
「おう、ヒロ。紅蓮のトップになったって言うのに、なさけねぇ面してんな」 脱いだメットで俺の頭を軽く叩いて笑った。
「岩城もナイト・リッパーに入ってたのか。こんなとこで何してんだよ」
「拳王が智楠に殴りこむらしいって言うんで、見物に来たんだ。バイパス側が手薄で妙だなと思ってたら、こんなとこで揉めてたのか」 また笑う。
「拳王は来てるのか」
「ああ、長門大橋の下の河原でやりあってる。さっきの奴らが駆けつければ五分になるだろうな。この隙に、駅前を回って来るか」
一緒に来た四台に合図を送っている。
「待てよ、俺らも行く」
慌てて的矢先輩に岩城を引き合わせて、俺たちもバイクに飛び乗った。
エンジンをかけるのももどかしく、一斉に走り出す。
岩城たちも越境は初めてらしいから、マリンさんが先頭に立ち、その後を俺と岩城が並んで走った。
ちらと振り返ると、カイの姿が見えない。たぶん最後尾についているのだろう。
爆音を響かせて市街地に入り、駅前のロータリーを数周して意気揚々と引き上げた。追ってくるものは一台もいない。
駅前は俺たちの中央駅の方がでかいビルも多いし、賑わいも上だ。わざわざ危険を冒してくるところでもなかったが、敵の牙城を蹂躙した達成感はあった。
バイパスを東に戻り、唐沢川の長門大橋を渡ると、ライトに照らしだされた河川敷にバイクが転がり、煙が上がっているのが見えた。赤いライトを点滅させたパトカーが囲んでいる。
拳王がどうなったか知らないが、胸はちっとも痛まなかった。
バイパスから国道に戻り、【みやこ食堂】で一息入れた。
岩城には借りができたから、飯でも奢ってやらなくてはならない。
駐車場で並んで降りた時、岩城のバイクがホンダのドリームCB750FOURなのがわかった。
中型免許の400限定を越えた大型バイクだ。
「お前、限定解除できたのか!」
「一発だよ」
さすがの岩城もにたりとドヤ顔になる。
店の中に入ると、ナイト・リッパーとはさんざん敵対してきた先輩たちは同じテーブルに着きたくないらしく、俺だけが岩城たちのテーブルに座った。
見回すと、カイも仲間と一緒でちらりとも俺の方を見ない。
「飯を食ったら借りはチャラだからな」
返事も聞かないうちに、五人分のラーメンとギョーザがたちまち奴らの腹に消えた。
「それにしても、ナイト・リッパーが俺たち紅蓮に手を貸してよかったのか?」
いくら岩城でもナイトリッパーではまだ下の方だろう。五人は顔を見合わせただけで答えなかった。
「ヒロは紅蓮のトップなんだろ。先輩がよく承知したな」
「俺、人望があるからな」
岩城が噴き出し、他の四人も笑い声をあげる。紅蓮の仲間が驚いて俺たちのテーブルを見ていた。
「どうせ、初代が地ならししてくれたんだろ。人数少ない所帯はまとまりがあるからな」
ナイト・リッパーや拳王のように大所帯のところはそれなりに派閥ができると聞いていた。
「年内中に、ナイト・リッパーは岩城さんが頭に立つ」
岩城の右腕らしい奴が、低い声で睨みつけるように俺に言った。
――まあ、岩城は岩城でいろいろ大変そうだなと思う。
「そのうち、またつるんで走ろうぜ、ヒロ」
岩城たちは先に席を立って出ていきテーブルが空くと、どやどやと先輩たちが周りを取り囲んだ。
「ヒロ、ナイト・リッパーとも知り合いなのか」
「あれ、お前とタメの岩城だろ」
「16でナナハン乗ってたぜ」
がやがやとうるさく聞いて来る。
飯を食い終わった俺たちも外へ出て解散になった。
最初の越境はそれなりに成果はあったし、何より刺激的で面白かった。先輩たちが帰っても、俺たちはまだ興奮が冷めやらず、喋り続けていた。
「面白かったな、カイ」
やっと捕まえて声をかけると、ぷいと横を向いて返事もしない。
「なんだよ、さっきから」
俺もむっとして肩を掴むと、その手を払いのけられた。
「ヒロさんがナイト・リッパーと仲良くやってるから、面白くないんだよ」
お調子者のりょーへーが口を挟んで、たちまちカイに蹴られた。
カイの苛立ちがそれだけなら可愛いものだと思った俺は本当にろくでもない奴だった。
カイにはもっと切羽詰まった問題が起きていたことに全く気づいていなかった。
※ ※ ※
夏から秋にかけて、俺は紅蓮の統制と勢力の増強にのめりこんでいった。
拳王とは時々諍いを起こし、ションを見つけた時は仕留めるまで執拗に追いかけた。
カイはそれをよく助けてくれていたが、以前のように笑わなくなり、週末の集会以外は顔を出すことが減っていった。




