1987春-2
腹はすくし、臭いはきついしで、俺がへたばりそうになった一時間半後にやっとカイが戻ってきた。
「悪い。ばあさんに会っちまって、学校のこととか話してたから・・・・・」
謝りながら入ってきたカイが、ぎょっとしたように足を止めた。「なんでまだそのまんまなんだ!・・・20分で洗えって言ったのに」
慌てて俺を捕まえて流し台の蛇口の下に頭を突っ込ませた。
「冷てぇよ――」
俺の抗議など無視して、カイは容赦なくガシガシ頭を洗ってくる。
タオルで髪を拭くのも、ドライヤーで乾かすのも、全部やってもらっている間、何度もカイが溜息をつくのが聞こえた。
――どうなった?
なんだか聞くのも怖くて押し黙ったまま、ムースまでつけて仕上げてもらった。
カイも何も言わず、テーブルの上にコンビニの弁当を広げていく。
「鏡・・・見てぇ・・・」 とうとう我慢ができなくなってそう言った俺に、
「飯、喰った後にした方がいいよ」 カイはもう一度大きくため息をついた。
「ひぇっ!・・・・」
鏡を覗いた途端に自分でも信じられないような呻き声が喉から洩れた。
――キンパツ!?
茶色をはるかに超えた明るい髪色は、どこをどう見ても金髪としか言いようがない。
自分で自分の姿にビビる俺に、隣でうつむいて肩を震わせていたカイは、とうとう我慢が出来なくなったのか声を立てて笑い出した。
「これでもう仙堂でヒロさんに手を出す奴は出てこないと思うぜ」
「おまえも新しい学校で舐められんなよ」
カイの行く高校も新設で生徒が集まらないから、成績も素行も目こぼしでかき集めたという噂だ。当然、不良(ワル)が顔を揃えているだろう。
「まあ、カイならすぐ番が張れるだろけど」
「俺、もうそういうの興味ない・・・・紅蓮があればいいよ」
笑い止んで真顔になったカイが、俺をまっすぐに見ていた。
しっかりとその視線を受け止めて、俺は大きく頷く。
「そうだな、紅蓮をもっと大きくして、ショーヤを見返してやるんだ。どっちが首藤組にふさわしいか、親父にもわからせてやる」
「俺はずっとヒロさんの隣で走ってく」
そう言ってくれるカイの言葉が、何よりも嬉しくて胸の内が暖かくなる。
カイが一緒にいてくれれば、俺は何でもできる気がした。
高校を出る時には、きっと二人一緒に首藤組に入る日が来るはずだ。
※ ※ ※
その日の夜は家に帰るとそのまま自分の部屋に直行して寝てしまった。
だから、かなえさんにお披露目したのは、入学式当日の朝飯のテーブルの前だった。
入学式の保護者代わりの付添で一緒に仙堂学園まで行くことになっていたかなえさんは、俺の金髪を一目見るなり絶句し、出かけるまでに1時間も余裕がないことに歯噛みした、
「あんたと私は他人だからね。式の間、傍に来るんじゃないよ。行き帰りも離れて歩きな」
俺が飯を食う間も、俺の頭をどうにかしようとぐるぐる回って考えていたらしいが、ついに諦めたように悲壮な声を出した。
「志穂さんに見せといで。今日から高校生だって楽しみにしてるから」 大きくため息をついて言った。
かあさんは起きて待っていた。
淡いピンク色のカーディガンを羽織って、今日は柔らかく広げた髪を肩までおろし、いつもみたいにきれいだった。
いつもの様に見たいものしか見ないかあさんは、俺の金髪には触れず、
「ヒロちゃん、ネクタイをきちんと結ばなくちゃ」
手を伸ばして、俺のぶら下げたネクタイをゆっくり締め直す。
「もう高校生なのね。ネクタイをするとハンサムな大人の男の人に見えるわ。もう私の小さなヒロちゃんじゃないみたい」
頬に当てられた母さんの指はいつでも冷たい。
「お父さんに似てきたのね・・・・それで、いつか、遠くへ行ってしまうんじゃないのかしら・・・」
そうさせまいとするように、俺の手首に指を絡ませる。
「ヒロちゃんはずっと傍にいてくれる?」
小首をかしげる仕草が、武田綾香を思い出させる。
私立のお嬢さん学校へ行った武田綾香とは、もう二度と世界は交差しないだろう。
※ ※ ※
かなえさんはタクシーを呼んで、結局往復ともバスにも電車にも乗らせてもらえなかった。
仙堂学園の校門をくぐった瞬間からざわめきが広がりだし、講堂に集まった頃には新一年生500人の中で、俺の周囲だけ空間が広がっていた。
千種中から来ている何人かが恐る恐る近づいてきて挨拶していったが、どこかにいるはずのかずまは姿も見せない。
ひそひそと囁き交わされている声が漏れ聞こえてくる。
「あのキンパツ、見たか。絶対頭おかしい奴だよ」
「何でも親がヤクザでシャブの売人だってさ」
「暴走族同士の抗争で、車に火つけて一人焼き殺したらしい」
「年少(少年院)出かよ」
俺の高校デビューは予想をはるかに超えて華々しいものになった。




