1987春-1
仙堂学園は、入ったと親戚に知られたら冠婚葬祭に出られないと親が泣くという高校だったが、金がかかることで有名だった。
入学金も授業料も結構な金額を取り、指定の制服も持ち物もぼったくる値段がついていた。
1学年10クラスも入学させたが、そのうちの特進1クラスだけを入学金・授業料免除で県立落ちの頭のいい奴をかき集めていた。
あとの9クラスは一年で1/3が落ちこぼれ、卒業時には半分になる。
最初からそれを見越しての学校設備、教師の質で、金が払えるなら誰でもウェルカムの学校だったのは間違いない。
※ ※ ※
高校の入学式を前に、みんなそれぞれの学校でまた一から自分たちの地位を築いて行かなくてはならないから気合が入っていたが、俺の気分はダダ下がりだった。
県立のそら、ダブル、ケータ、バタがびしっと真新しい学ランを揃えていたのに、俺は安っぽい薄青色のブレザーの制服で、ショーヤが着ていたから諦めてはいたのだが、いざ自分で身に着けると吐き気が出るほどだった。
ブレザーの裾を切って短ブレにしてる奴もいたが、「みっともない」とダブルが笑ったことがあったから俺はそのまま着るしかなかった。
もうリーゼントもくそもない。髪も短くして洗いっぱなしだ。
「ヒロさん、いくらなんでもそれじゃ、新しい高校の奴らに舐められるぜ」
いよいよ入学式が間近に迫った4月初めの紅蓮の集会で、バタが突っ込んできた。
本人はびしっとアイパーをかけて、額の剃りこみも鬼のように深く入れてある。
「ほんと、それじゃあ、女にももてないよ。それでなくても、仙堂は女少ないんだろ」 ケータはソフトパーマをかけてジャニーズ路線をまっしぐらだ。
そらはリーゼント派のままだが、ダブルはどう見ても前髪垂らしたチェッカーズの真似だろう。
「あんなくそったれなブレザー着る羽目になったら、何が似合うってんだよ」
俺がいつまでもぶつくさ言っていたら、カイが「茶髪にすれば?」と口を挟んだ。
カイの高校もブレザーだが、落ち着いた紺色だから見た目はずっとましなはずだ。入学式を前に色褪せていた髪色をまたきれいな茶色にし、横を短く刈り上げてモヒカン風に立てている。
「う~ん・・・・どうすんかな」
俺が煮え切らないのは、東京辺りはどうか知らないが、当時の俺の周囲ではパンチパーマやアイパー、リーゼントに剃りこみは普通に珍しくないが、髪を脱色したり染めたりするのは流行っていなかったせいだ。
どちらかと言えば、ひどく危ないキ〇ガイだという風に見られる。最初カイに会った時に、その茶色い髪に驚かされたものだ。
「まあ、いいんじゃない?仙堂のブレザーはなにしたってダサいんだから、それくらいインパクトがあったほうがいいよ」ダブルのお墨付きが出て、
「オキシドールで脱色すればいい。俺がやってやるよ」 カイの一言で話しが決まった。
カイが自分の家にオキシドールの買い置きがあると言うので、脱色するのは俺の入学式の前日に決行することにした。
それより前だとかなえさんに気づかれて、床屋に引き摺って行かれ、丸坊主にされる恐れがあったからだ。
安っぽい透明ビニールのカッパを着せられて神妙に床に座った俺の頭に、オキシドールを入れた霧吹きでカイがシュッシュッと吹き付けて髪を濡らしていく。
滴が伝い落ちるほどになり、オキシドールの金気臭い匂いが鼻を刺す。
「ヒロさんの髪は細くて柔らかいから一度で結構色が落ちると思うよ」
斑(むら)にならないように、カイが櫛で梳きながらなじませていった。その丁寧で柔らかな指の動きの下で、俺は黙ってされるままになっていた。
「よし、これで20分ぐらい置いてからドライヤーで乾かして洗い流せばいい」
カイの手が離れていくのが、少し惜しいと感じてしまう。
「一回でお前ぐらいの色になるのか?」
「俺はしょっちゅうしてるから。ほんとは自然乾燥のが明るくなるんだけどね。気に入る色になるまで何度か繰り返せばいいし」
20分じっとしていろと言われて、俺が床に座ったまま煙草の火をつけると、カイがコンビニに夕飯を買いに行ってくると出ていった。
手持無沙汰の俺は、色落ちが足りなくてこんなことを二度三度と繰り返すのは面倒だなと思い、瓶に残っていたオキシドールを直接頭にかけてみた。
鼻を突く匂いにオェッとなりながら、修行僧のように動かずに耐え忍ぶ。
20分経ってもカイは戻ってこなかった。
ドライヤーとシャンプーはもう用意してくれてあったから、自分で乾かして洗い流せばいいのだが、一度で済ませたいのでまだじっと我慢していた。
目に映るのは、相変わらず何もない古ぼけた部屋だった。俺の座っている狭いダイニングキッチンには小さなテーブルが置かれているだけだ。
結局、美佐ちゃんが帰ってきた気配はない。
それでも、高校へ行けと言ってくれたのだから、母親らしい気持はあるのだろう。




