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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第三章 中三ー秋・冬
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1987冬-6

駅前のコンビニで落ち合ったカイと店先の隅で座り込んで話をした。


ショーヤが首藤組に入ると伝えた時、カイはタバコを取り出しかけた手を一瞬止めたあと、

「ショーヤさんなら、そのうち若頭が務まるな」と、ぶっきら棒に言って横を向いた。

「心配すんな。俺は組長の実子だぞ。親父だって、俺に跡を取らせるに決まってる。

ショーヤは俺にとって兄貴みたいなもんだから、俺が首藤の跡を継いだらあいつは舎弟頭に直せばいい。だから、若頭はカイがなるんだ」


ショーヤは親父から親子の盃を貰うだろうが、俺とは兄弟盃に直させればいい。舎弟になれば上下の分はあっても、身内、相談役みたいなものになる。

組のNo.2である若頭は、俺とカイが親子の盃を交わして直参にすれば十分可能だと俺は勝手に計画していた。


「俺より、ショーヤさんの方がきっと立派な若頭になるよ」

俺もカイも、どう足掻いてもショーヤに敵わないと思い込んでいるところから抜け出せていない。

近くに他の奴はいなかったのに、カイは自分のジッポでカチカチと焦れたようにタバコの火をつけていた。俺が知った時と同じ不安がカイを揺らしているのがわかった。


「ショーヤが若頭になんかなってみろ。俺が組長になっても、あれこれ指図してきてうるさいに決まってる」

俺はマルボロを取り出して咥え、カイのショッポの先の火に近づけた。

いつもと反対になったが、俺のタバコに火がつくまでカイはじっと微動だにしないで待っていた。


「俺は――カイの方がいい」 煙と一緒に吐き出した俺の言葉に、ショッポを咥えたカイの唇はわずかに口角を上げた。

「俺はずっとカイと一緒がいい」

うん――と、カイは頷く。

「騎兵隊も紅蓮も首藤組もずっと俺とツートップでいくんだ。ついてこいよ、カイ」


うん、うんと頷いていたカイは、立てていた膝の上に顔を伏せたまま、動かなくなった。火の付いたショッポは垂れた右手の端で忘れられて、燻る灰になっていった。




三月に高校の卒業式を終えたその日に、ショーヤは家を出て首藤組の事務所に移った。

かなえさんは何も言わなかったが、誰もいなくなった離れの玄関に鍵をかけながら泣いているのを見てしまった。




※ ※ ※




俺の落ち込みなど気にもかけず、松爺は残金の取り立てにうるさかった。

一度契約したのだから断れば前金に払った金は返さないし、キャンセル料も取ると脅されて渋々金を払った。

俺以上に落ち込んでいるカイをなんとか励ましたい思いもあった。



「――これがベンツかよ・・・」

カバーを取り除いて現れた車体を見た途端、カイは笑いだす代わりに呻き声を上げた。


「ケーニッヒって凄い会社がチューニングしてるから、そっちのロゴがついてるんだ」

一生懸命説明しながら、自分の言葉が嘘くさく聞こえる。

「四輪の練習用だし・・・・エンジンがかからなかったら松爺が金は返してくれることになってる」

「あのジジイが一度握った金を手から離すのを見たことなんかない」


その後は二人で無言のまま、メルセデスベンツケーニッヒスペシャルをじっと見つめるだけだった。

左ハンドルだから、外車だと言うのは何となく分かる。本物のベンツを目にしたことが無いから、それ以上のことは何とも言えない。

真っ黒に塗装されていたはずの車体は色が剥げ、元の地色らしき緑が覗き、ところどころ錆が浮いている。

タイヤの空気もだいぶ抜けていたが、とにかくエンジンがかかるかどうかが問題だ。


運転席のドアをこじ開けるのに大分苦労した。

キーを捻るとしばらく咳き込むような唸りを発していたが、奇跡的にエンジンがかかった。

単純なことにそれだけでテンションが上がった。

――俺たちの初めての四輪。


隣に乗り込んできたカイが、指にぶら下げていたものを俺に見せた。

「エンジンかかって振動したら落ちた・・・・」 KSのロゴマークだ。

騙されたのはもう十分に分かっていたが、俺も意地になっていた。エンジンがかかってしまった今、松爺は絶対に金を返すことは無い。

「練習用だからさ。まあ、少しでも走れば上々だ」


サイドブレーキを外し、そろそろとアクセルを踏む。四輪はショーヤのケンメリに触らせてもらったことがあるくらいだから、さすがに慎重になる。

【ベンツ】はぎくしゃくと動き出した。いくらアクセルを床まで踏みつけても、年寄りの松爺並みの這うような進み方だ。

何か嫌な予感がするのか、カイがシートベルトを締めた。


のろのろと100メートルも進んだ時、ガタガタと音がして車体が揺れた。後ろを振り返ったカイが悲痛な声で、「バンパーが落ちたぞ」

その途端にがくんと車体が大きく傾き、俺はハンドルを掴んだままカイの上に放り出された。何か丸い大きなものが俺たちの【ベンツ】の前方を転がっていった。

「・・・・タイヤが外れた・・・」

二人で茫然と見送っていると、プスンと最後の息を吐いて【ベンツ】が昇天した。



松爺は頑として金を返さなかったが、カイがさんざん苦情を言ってやっと部品代として1万払ってくれた。

手伝いに来ているタカさんの話ではKSのロゴマークを手に入れた松爺が、誰かカモが引っかかるのを待ち構えていたらしい。


「あんな嘘っぱちに引っかかる奴がいるなんて信じらんね~」 タカさんは俺を馬鹿にしたように笑う。

「純情な中学生を騙して良心が痛まねぇのかよ」

「松爺に良心なんかあるか?心臓だってあるかどうかわからねぇのに」


松爺に心臓があるのかどうか不明だったが、俺のその日からの目標が、「いつかはベンツ」 になったのは本当だ。

「いつか本物のベンツを買って、お前を乗せてやる」

俺の決意を、カイは笑って頷いた。




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