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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第三章 中三ー秋・冬
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1987冬-5

「お前、首藤組の倅なんだってな」

カイが工具を取りに奥へ行った隙に、松爺が俺を呼んだ。

「バイクもいいが、そのうち四輪も乗るんだろ。練習用に出物があるから買わんかね」

「何の車だよ」

「――ベンツ」


口を窄めてふぉふぉっと笑いながら、壊れたバイクや車が積み重なった暗い外へ俺を連れ出した。

一昔前なら、「いつかはクラウン」だが、今の俺たちの憧れは高根の花の外車ベンツだ。例え、事故車だって俺たちに手が届く値段じゃないだろう。


黒くてデカい車が置いてあった。ベンツなんて実際に目にしたことは無かったが、暗いところで見てもずいぶん古いボロ車だ。

それに、「松爺。俺だってベンツのエンブレムぐらい知ってるぞ。ボンネットの上に時計の針が三本ある輪っかみたいな奴だ。こいつそういうのがついてないじゃないか」


「スリーポインテッドスターのことか。だからものを知らんガキは嫌いだよ。これはケーニッヒスペシャルと言って、ドイツの最高級チューニングメーカが仕上げたもんじゃ。その証拠に、フロントに「KS」のロゴを入れてあるだろ」

フロントグリルについている大きなロゴマークを懐中電灯で照らして見せる。


「ただのベンツより数段上等じゃ。この辺りでこんなのに乗れる奴はおらん。わしも今まで見たことが無い掘り出しもんだ」

「だけど、ずいぶん古そうだぜ」

「だから、安くしといてやる。15万でどうだ」


ベンツが15万と聞いて一瞬ぐらりとした。ショーヤだって乗ってるのは国産スカイラインのケンメリだ。紅蓮の仲間に見せびらかす俺が頭に浮かぶ。

「そんな金ねぇよ」 危うく理性が踏みとどまった。


「いくらならある?」 松爺は聞いたことも無い猫なで声を出した。

「――5万」 一応受験やら何やらで手つかずのお年玉がまだ残っていた。それに入学祝金が入る算段もあるが、腐ってもベンツが5万になるわけがない。

ふざけて言った金額に、「よし、売った」 あっけなく商談が成立してしまった。


「他にも欲しがる奴が出てくるかもしらんが、お前はカイのツレだから安く売ってやるんだ。

先に手付の金を置いて行け。カイには黙ってろ。後で驚かせてやればいい」

後悔の念がふつふつとわき上がって来るが、松爺が急がせるので財布の中の6千円を攫って払わされた。

「残りの金を持って来たら、ベンツはお前のもんだ。カイを乗せてやるまで内緒にしとけよ」

バサッとシートをかぶせると、松爺はさっさと引き返していく。


「なぁ、松爺。あれホントに動くのか。エンジンかからなかったら金返せよ」 

「わしがそんな悪どい商売するもんかね」 

しつこく追いすがる俺に、松爺はふぉふぉふぉっと妖怪じみた声で笑った。


振り返ると、破れたシートを被された俺のベンツが暗い中にどんと鎮座していた。

浮かれた気分が残っていたから、半ば疑いながらもじわりと嬉しさがこみ上げてきた。



※ ※ ※



カイと別れて10時過ぎに家に戻ってみると、ガレージにデカいクラウンが収まっていた。親父がこの家に来るのはずいぶん久しぶりだった。


俺はまだ浮わついた気分のまま、台所にいたかなえさんに「親父来てるのか」と声をかけた。

運転手をしている組員の安西がテーブルに座ってお茶を飲みながら俺にぺこりと頭を下げた。

かなえさんは流し台の方を向いたきり、振り返らずに「応接間にいるだろ」とだけ言った。

安西がいるのは、親父がすぐ戻るつもりだからだろう。


親父が来ている時しか使われることのない広い応接間は玄関の脇にあり、ドアを叩こうとした時、部屋の中からショーヤの声が聞こえた。

いつもと違う緊迫した響きに、俺は音のしないようにそっとドアを細く開けて中を窺った。


ソファに腰掛けた親父の足元で、ショーヤが両手を突いて頭を下げていた。

「前にお願いした通り、高校を出たら俺は首藤組に入ります」

いつまでも頭を下げたままのショーヤをオヤジは長い間身動ぎ一つせずに見下ろしていたが、やがて頷いた。

「――そうだな・・・」


浮ついた頭に冷水を浴びせかけられたような気がした。みぞおちに重くて硬い塊が居座って消えないしこりになっていく。

「――なんだよ、それ・・・」

首藤組を継ぐのは俺だ。若頭にするのはカイだ。

部屋の中に飛び込んでそう喚きたかったが、できなかった。


俺は逃げ出して自分の部屋に駆け込むと、ベッドの上で布団を頭から被った。

ショーヤは組を継ぐという俺の望みを知っているはずだ。子供の頃から、何度もショーヤにだけ打ち明けていたのだから。

「・・・・なんだよ、裏切ってんじゃねぇよ・・・!」



俺のガキっぽい夢の前に、ショーヤが立ちはだかったのはそれが最初だった。





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