1987冬-4
その年の仙堂学園の入学試験問題はレベルアップしたともっぱらの噂だった。
前年度までは名前が書ければよかったが、今年から二問正解しなくてはならない。
アルファベット26文字の虫食い問題が出た。
小文字だったが、多分二問以上できた気がした。フェックスの f と X があったから。
※ ※ ※
入学試験が終わった夜、ショーヤが俺を自分の部屋に呼んだ。
「どうだ、名前は間違わずに書けたか」 にやりとして、わかりきったことを聞く。
「まあな、アルファベットも二つは合ってると思う」
俺の答えに声を出して笑いながら、「ちょっと待ってろ」と言って部屋から出て行った。
離れにあるショーヤの部屋に入るのは久しぶりだった。タクロウさんたちも以前の様に頻繁に集まることは無くなっていた。
高校を出た後は、みんな別々の道を行くことになるのだろう。
ショーヤはどうするつもりなのか、俺はまだ聞いていなかった。
かなえさんがうるさく言うから、ショーヤの部屋はいつもきれいに整頓ができている。壁にBOØWY(ボウイ)のポスターが貼られたのは、いつだったろう。
小学生の頃の俺はこの部屋に入り浸って、ショーヤの何もかもに憧れの目を向けていた。
千種中の頭で、紅蓮のトップ。ショーヤの背中を追って俺は歩いてきた。
「ほら、受け取れ」
戻ってきたショーヤが俺に投げてきたのはバイクのキーで、カワサキ・Z400FX フェックスのものだとすぐわかった。
18歳で四輪の免許を取ってから、ケンメリのスカイラインに乗ることも多かったショーヤだったが、やっぱり一番の愛車は今でもフェックスだった。
「俺のものにしていいのか」
「ああ、ただし、乗るのはお前が二輪免許を取ってからだ。無免許でマッポ(警察)に捕まって押収は勘弁だからな」
言われなくても、7月で16になったらすぐに自動二輪の免許を取るつもりだった。まあ、今までの無免許で走ってたのは何だったかというのは別の話だ。
嬉しくてキーを撫でさすっている俺を笑って見ていたショーヤの顔が急に引き締まり、
「ヒロ、お前、紅蓮の二代目のトップをやれるか」 真剣な口調に変わった。
高校卒業と同時にショーヤたちの初代が引退したら、その下の先輩が引き継ぐと思っていたから少し驚いたが、俺はすぐに頷いた。
「的矢(まとや)たちの代とその下のヒトシの代は仲が悪い。俺やタクロウが抜けた後、どっちがトップに立っても揉めるだろう。お前は年下だが、お前ならついて行ってもいいとみんな承知した」
「香西中も入れていいのか?カイもこのまま入っていていいんだな」
紅蓮は千種中出身者だけでつくってきた。俺が香西中のカイを連れて無理矢理入り込んだから、その不満を陰で口にする先輩もいた。
「それはトップのお前が決めることだ。初代の連中は口を挟まない」
「俺は、ショーヤとタクロウさんみたいにカイとツートップで走りたい。誰にも文句はいわせない」
ショーヤはしばらく俺を無言で見つめていたが、結局それ以上何も言わずにポンポンと肩を叩いただけだった。
俺は嬉しい話をカイにすぐ知らせたくて、午後8時を過ぎていたのにタクトに乗ると町中走り回ってカイを探した。
カイは解体屋(ぼっこや)の松爺のところにいた。
急ぎの仕事が入ったからと、作業場の中で照明をつけて事故車のバイクを解体していた。
「なあ、二代目紅蓮は俺たち二人がツートップになるんだぜ!」
俺がフェックスのキーを見せびらかすと、さすがにうらやましそうな顔をする。
「俺も400探しとかなくちゃな」
6月生まれのカイの方が一足早く免許を取りそうだ。
「カイの方は受験終わったのか」
「まあな・・・」
美佐ちゃんが高校ぐらいは出ておけと言ったからと、カイも高校進学組だった。
仙堂学園は金がかかるから、一緒にとは誘えなかった。
「どこ?」
「受かったら言う」
「倍率高いのか?」
「0.6倍」
二人で笑いだし、受験生らしい会話は終わった。
「喋ってないで手動かせ!」
松爺が怒鳴った。
松爺の解体屋は持ち込まれたバイクや車の部品で売れる金目になりそうなものは手仕事で丁寧に解体するので、それなりにカイのバイトになっていた。
学生服【ベンクー】の親父もくせ者だったが、松爺も一癖も二癖もある手強いジジイだった。
ヒョロヒョロと背だけ高く、金にうるさいのは【ジャバ】の玄さんを上回った。中学生のカイを安くこき使ってるのはそのせいだ。
俺らの町は、こんなジジイどもばかり長生きするようにできている。




