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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第三章 中三ー秋・冬
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1986晩秋-5

弁当を喰って満腹になり、たいした量を飲んでいないビールでひどく酔った気がした。

家に帰ってかなえさんやショーヤに顔を見られたくなかった。学校で起きたことを知られたくなかった。


「めんどくせぇな、ここで寝ていこうかな」

床にひっくり返ったら、「いいよ。美佐ちゃん用の布団があるから」と、カイがあっさり了解してくれて、断わられると思っていた俺は少し動揺した。

それでも、今夜キキのことを考えながら一人で寝るのは耐えられそうもなかったので、泊めてもらえるのは助かると思った。


「電話、借りていい?」

入った時から気がついていた、玄関の靴箱の上の電話。

今時、どこへ行ってもプッシュホンの時代に、ダイヤル付きの黒電話が載っている。

ジーコジーコとダイヤルを回して、家に電話をかけた。


これまでどんなに遅くなっても家には帰っていたから、外泊が初めての連絡を入れなきゃならない気がした。

決してかなえさんが恐いわけじゃない。

「俺、今夜はツレのとこへ泊ってくから」

「女のとこじゃないだろうね。電話番号教えときな」

これは、母さんが体調を崩した時の用心だ。だけど、番号を聞く俺を見るカイの目は明らかに面白がっていた。


めぼしいものの無い部屋の中で、黒い電話は目立っていた。

一人住まいの部屋に電話は必要なのだろうか。

「美佐ちゃんに電話するのか?」

「こっちからはかけるなって言われてる。美佐ちゃんの方から月に一回電話くれるんだ。月末の夜の12時って決めてあるから、その時は家にいる」


仲間で遊んでいる時、カイが「俺、今日は帰るヮ」と、抜けることがあった。

それが美佐ちゃんからの電話の日だったのだろう。

たった一人黒電話の前で、じっとベルの鳴るのを待っているカイの姿を思うと俺の方が胸が詰まった。



カイの敷いてくれた美佐ちゃんの布団。俺がカイと知り合ってからから8ヶ月近く、美佐ちゃんがこの家に帰ってきた気配はなかった。

それなのに布団は湿ったかび臭い匂いはしていなくて、きっとカイがたまに風に当ててるのだろうと思った。


「・・・・ヒロさん」

並べて敷いた隣の布団の中でカイが俺を呼んだ。天井の小さな豆電球の灯りで、こっちを向いているカイの影が見えた。


「俺、この家に友達入れたのも、友達と一緒に寝るのも初めてだ・・・友達ができたのも初めてかもしれない」

ツレと言わずに、真面目にトモダチという。

「ヒロさんはいつも仲間に囲まれてて、笑ってて・・・・俺にはまぶしいけど、一緒に隣にいたい」

「そうか、俺は泣きたいときカイが傍にいてくれたらいいなと思ってる」


俺は布団の上に起き上がって、隣にいるカイに向かってきちんと正座した。

「俺さ、いつか首藤組の跡を継ぐつもりだ。カイも俺の組に入れよ。俺が組長になったら、カイを若頭にしてやる」

薄い闇の中でなら、胸の奥でずっと抱いていた思いをぶちまけられた。

「――だから、カイはずっと俺の隣にいろ。キキみたいにいなくなるな」


「・・・・うん」

布団の中でくるりと背中を向けて、カイはもう一度、「うん」と繰り返した。



※ ※ ※



三日後にキキは死んだと聞かされた。


そして、その年の正月も、美佐ちゃんは帰ってこなかった。


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