1986晩秋-4
父方の祖父母はとっくに死んだと聞かされていたから、母方もそんなものかと思っていた俺が、ばあさんという人に会ったのは小学校三年生の時だった。
かなえさんに連れられて、電車に乗って遠くまで連れて行かれた。途中で寝たりしてたから、あれがどこか今でもはっきりと思い出せないが、駅には一人の年取った女の人が待ってた。
「――あなたがヒロちゃんね。私はあなたのおばあさんよ」
その女の人はハンカチを握りしめて泣いていた。
かなえさんが、「よろしくお願いします」って頭を下げて、いきなり俺をその人に手渡した。
え?え?って思ってる間にタクシーに乗せられて、大きな病院に連れて行かれた。
病室には年寄りが死にかけてて、「ヒロちゃんのおじいさんよ」って言われたけど、俺はガキだったし、いきなり一人で知らない場所に連れてこられて動転していた。
じいさんだと教えられた人は吸入マスクや色んな管をつけて喋らなかったし、目は開いていたけど俺が見えてるのかどうかも判らなかった。
見も知らない死にそうなじいさんなのに手を握らせようとするから、嫌がって暴れていたら医者が入ってきて「ご臨終です」と言った。
それからいろんな人が病室に飛び込んできて大騒ぎになり、俺は待合室みたいなところへ引っ張って行かれてジュースを貰った。
「やっぱり待っていたんでしょうねぇ・・・孫だもの・・・」
ばあさんは泣いていたけど、俺は初めて見たじいさんが死んだからって悲しくもなんともなかった。
そのうち黒い服を着た男がやってきて、俺を嫌そうに見ながら、「この子は葬儀には出せませんよ。帰してください」 これ以上ないくらい冷たい声で言った。
なんだ、こいつ。って思って睨み返していたら、ばあさんが、「お母さんのお兄さん。ヒロちゃんの伯父さんよ」って教えてくれた。
「止めてくださいよ、お母さん。首藤の名前に泥を塗っているような輩と関係なんかありません」
男はまるで野良犬を見るみたいに俺を見て吐き捨てた。
「ヤクザに家名を使われるなんて、こんな恥晒しはないでしょう。まったく志穂も何だってあんな奴を・・・親父が勘当したの当然だ。
とにかく遺体を家に運んで葬儀の手配をしなくちゃなりませんから、この子は早く返してください」
汚いものを追い払うように俺の頭の上で手を大きく振って、男は出て行った。
「ごめんね、ヒロちゃん。本当にごめんなさいね」
ばあさんは泣きながら俺に謝ってたけど、車を用意するからここで待っていてと言って外へ出て行った。
仕方ないから待合室の椅子に座っていたら、生意気そうなガキが近づいてきて、「臭ぇ、やっぱり在日の奴はろくでもないや」 いきなり俺の足を蹴りつけた。
体もでかいし、年も上に見えたけど、俺が大人しくやられるとでも思っていたら当てが外れただろう。ぼこぼこにぶん殴って反対に泣かせていたところへみんな戻ってきてまた一騒動になった。
「血は争えないな、やっぱり、ヤクザの子だ!」
さっきの男が鼻血を出して泣いているガキを抱きながら俺に怒鳴ってきた。
騒ぎが鎮まる前に俺はそこから連れ出されて、またタクシーに乗って駅まで戻った。
ばあさんは泣きっぱなしで、「さっきの子はヒロちゃんの従兄よ。武志くんと仲良くなれたらよかったのにね」
武志くんとは絶対仲良くなりたくなかったから、俺はもうさっさと帰りたかった。
駅にはかなえさんが待っていて、俺たちはすぐに来た電車に乗り込んだ。
ばあさんは「これでお母さんにお土産を買って行ってあげてね。身体に気をつけるように言ってちょうだい」
俺に一万円札を何枚も重ねたものをくれた。小遣いをもらうのはすごく嬉しかったけど、電車が走り出したら、かなえさんに取り上げられた。
かなえさんは俺には何も聞かず、窓の外をじっと眺めていた。
「なあ、在日って何のことだ」
さっきのガキに言われたことを聞いてみたが、かなえさんは答えずに窓の外を指さした。
「ここが、ヒロのお父さんとお母さん、照也のお父さんと私が子供の頃住んでいた町だったんだよ」
遠くなっていくのは俺の住んでいるところより小さな町だった。面白いものも見あたらない、つまらなそうな田舎町だと思った。
「なあ、首藤ってかあさんやあいつらの名前なのか?とうさんの本当の名前じゃないのか?」
「なんで俺は今までじいちゃんやばちゃんに会ったことが無かったんだ?」
「勘当って何だ?伯父さんとか初めて会ったくせに俺のこと嫌いみたいだったぞ」
俺の繰り出す質問をみんな無視して、「大きくなればわかる。眠いからちょっと静かにしててよ」 かなえさんはそう言いながらもずっと電車の窓の外を見つめたままだった。
俺はそのうちうとうとして、かなえさんの膝で眠ってしまい、目が覚めたら中央駅に着いていた。
――大きくなった今では、俺はその時の答えをもうみんな知っている。
※ ※ ※
「武志って奴、もっとぶん殴ってやればよかったな」
カイが少しだけ笑ってくれたから、俺は話してよかったと思った。




