1986盛夏-16
そらの兄貴のマリンさんを通して紅蓮の一方のトップ、タクロウさんには事前に話を通しておいた。
タクロウさんは面白がって、ショーヤ以外の仲間にはこっそり知らせておいたらしい。
夕方5時。
俺たちは【みやこ食堂】の裏で集合し、国道を走る紅蓮のケツにくっついて行こうと目論んでいた。
俺のバイクはスズキ・GSX250E。そのでかいタンクからザリガニを連想させる通称ザリ。
バタは先輩から安く譲ってもらったカワサキKH250。 癖の強いじゃじゃ馬と呼ばれる通称ケッチ。
そらは北野家代々受け継いできたヤマハRD250。
ダブルは走りやすいオールマイティのホンダVT250F。
自分で運転することを許されなかったキキは、大人しくそらの後ろに乗る。
まだ自前のバイクを持っていないケータも、ダブルの後ろだ。
香西は今日は頭のカイだけが一緒に走るつもりだった。
紅蓮に千種中以外の奴を入れる許可が貰えれば、クーガやりょーへーも参加したがっている。
カイのバイクはヤマハ・RZ250。400キラーと言われる走りのいい奴だ。
誰も同じバイクが重ならないところが、負けず嫌いの俺たちらしい。
「五分前に出た!」
【みやこ食堂】の中で電話番をしていたあさひが飛んできた。
紅蓮の集合場所で見張らせていたトラが公衆電話から店へ連絡してきたのだ。
あと十分もしないうちに、店の前の国道を通るだろう。
「行くぞ」
仲間たちを振り返り、頷く顔に緊張が走る。
フルフェイスのカフェヘルを被ってエンジンをかけ店の前に並んだ。
「ヒロさん」 カイの声にも緊張が嗅ぎ取れた。
「ほんとに、紅蓮に入れて貰えるかな」
「俺が絶対頼み込んでやるよ。だめなら俺が【二代目紅蓮】を勝手に立ち上げてやる」
シールドを下ろしたメットの中でカイがくぐもった笑い声をあげた。
「来たぞ!」
あさひが指差す先に、繋がるライトの輝きが見える。腹の底に響く爆音と派手なコール音。
マリンさんが合図の四連ホーンを鳴らす。
街路灯に真っ赤な紅蓮の旗が翻り、真紅の特攻服と車体の列があっという間に目の前を通り過ぎた。
俺のザリがその後を追って飛び出す。カイがすぐにその後に続き、仲間が並ぶ。
国道は昔ながらのほとんど片道一車線だから追い越し禁止だが、速度を速めたバイクの列は次々に一般車の間を縫うように追い抜いて行く。
市の西端は唐沢川が流れていて、橋を渡れば隣の市だ。
その手前で左に曲がり、国道と並行して造られた新しくて広い四車線のバイパスへ向かう。バイパスに入ると大きくUターンした形で東に戻ってくる。
バイパスから中央駅方面へ向かう交差点から、交通止めの始まる国道の交差点への連絡道路500mがステージだった。
大勢の若者が集まって熱狂の声援を送る。八坂神社がジジイどもの祭典なら、こっちは俺たちの祭典だった。
派手な改造の族車が次々と乗りつけ、けたたましいコール音を競う。
見せつける四輪のドリフトや二輪のウィリー。
箱乗りする女たちはほとんど半裸だ。
紅蓮はそういう派手な真似はしなかったが、威圧感は凄かった。
隊列を組んで進む紅蓮の圧倒的な迫力に、他の族が道を譲る場面を何度も見た。
国道脇の潰れたドライブイン跡の空き地に紅蓮が停まった。
続いて俺たちが走り込むと、先頭にいたショーヤがメットを脱ぎ捨てて俺たちに向かってきた。
「てめぇら!一晩中人のケツに付いて回って何考えてやがる!」
一瞬メットを脱ぐのをためらうような凄まじい剣幕だった。
怯んだ俺たちを見透かしたように、タクロウさんがぶはっと吹き出し、たちまち他の先輩たちも笑いが抑えられなくなった。
俺がメットを脱ぐと、ショーヤがぐっと口を引き結んだ。
「勘弁してやれよ、ショーヤ」 タクロウさんが笑いながらショーヤの肩に手を置く。
「まあ、ちっと早いが大事な紅蓮の跡継ぎだ。一緒に走らせてやれ」
「――ったく!知ってたんだな、タクロウ」
大笑いするタクロウさんに、ショーヤも仕方なく苦笑いして俺の頭を平手で殴った。
「このメロン頭野郎が生意気な真似をしやがって」
俺の額にはまだ生々しい傷跡が残っているのに、平気で殴るショーヤは相変わらず鬼だ。
先輩たちが俺らのバイクの品定めをしている間に、俺はタクロウさんのところへカイを連れて行った。
「俺のツレで香西の頭のカイです。香西は族が無いし、紅蓮に入れてやってくれませんか」
「紅蓮は千種中卒業生だけでやってきてるからな」
タクロウさんは初めて見るカイをじろじろと検分するように見ている。
「南軍騎兵隊も俺とカイがツートップなんです。カイは俺より強いし――」 必死に言う俺に、
「ヒロ、お前タイマンでやられそうになってカイに助けてもらったんだってな」 ショーヤがさらに傷を抉るようなことをタクロウさんに言いつけた。
「まあ、そこまでヒロに借りがあるんなら入れてやるしかないか」
タクロウさんが笑って頷いてくれたから、それで決まりだった。
「ありがとうございます」
カイもほっとしたように深々と頭を下げた。
「よかったな、カイ。これで俺たちは一緒に走れるな」
「中学を出ても、一緒にいられるね、ヒロさん」
カイの声には紅蓮に入れたこととは別のもっと深い安堵が混じっていた気がした。
中学を出ても――永遠に続くと思われた中三の夏が、終わりを告げていた。




