1986盛夏-15
かなえさんが来てくれると思っていた俺は、部屋に入ってきたかあさんの姿を見て仰天した。
「――ヒロちゃん・・・」
かあさんは俺にすがりついて泣くだけだった。その後ろで、かなえさんが困ったような表情で立ち尽くしている。
今にも死にそうな美人が泣き続けるだけだから、但馬も困り果てたのだろう。
「まあ・・・今日は帰ってもいいですが、よく監督してくださいよ」
仕方なくかなえさんに向かって言い、「お前もあんまり親に心配かけるんじゃない」と俺をこづいた。
俺はしがみついたままの母さんを抱える様にして部屋を出た。
みんなそれぞれ迎えが来ていた。
バタは爺さんが、カンカンは母親らしい人が、のんちゃんのところはのんちゃんをさらに一回り大きくしたそっくりの親父が――カイは誰も来ているように見えなかった。
義理の親父はムショだし、母親の美佐ちゃんは大阪だ。
「帰るよ、ヒロ」 かなえさんが俺を促す。
「志穂さんが倒れそうじゃないか」
それでも、俺はカイを誰か迎えに来てくれないかとひたすら目を凝らした。
バタバタと中年の女が走りこんできて、ちょうど居合わせた但馬に頭を下げ、「香西中の甲斐雅樹の担任の森下です」と名乗った。
カイに迎えが来た――ほっとしてやっと足が動いた。
腕の中のかあさんがひどく重くて厭わしかった。
警察署の駐車場には全くふさわしくないケンメリのスカイラインを停めてショーヤが待っていた。
何も言わず、ただにたりと俺に笑ってみせた。
しがみつかれたままの母さんと一緒に後ろの席に座る。
かなえさんは助手席に乗った。
「ヒロちゃん、頭・・・大丈夫なの」 車が走り出すと、やっとかあさんが口を開いた。
「そのネットに包まったメロンなら心配ないだろ」 かなえさんが振り返って笑い、
「昔、何度も警察に一之と雅也を迎えに行ったよね、志穂さん。家裁送りにしないでくれって、志穂さんの泣き落としが一番効いたよ~」
「でも・・・・二人とも、鑑別所へ何度も入れられた。あんな怖い思いは二度としたくない・・・」
かあさんがぎゅっと俺を抱きしめる。
「ヒロちゃんは、お父さんのようにならないで・・・いい子でいて・・・」
親父たちやかなえさんが笑い飛ばせることでも、かあさんにとってはただ辛く耐え難かったのだ。
そういう世界の違う相手を、親父はなぜ連れてきたのだろう。
ゲスは窃盗や傷害の前がいくつもあったから鑑別所送りになったが、ションは裁判所だけで免れた。
結局、対立を収めたのは仲裁に名乗りを上げた秋葉中の頭、岩城司だった。
自分のところのゲスが勝手に南野中の加勢をしたのに腹を立てていたらしい。
今回の勝負は南軍騎兵隊の勝ちで、南野中と騎兵隊の当代の三年が卒業するまでは、お互いに手を出さない旨が決められた。
これ以上グズグズと長引かせると、「両方のケツ持ちが後に引けなくなるから、この辺りで手を打て」と言われた。
つまり鳥居の兄のいる監物組と、俺の親父の首藤組が出てこないわけにいかなくなると言うのだ。
岩城は同じワルの巣窟を率いていても、鳥居とは比べようもないほど貫録がある奴だった。
同じ年の中三とは思えない迫力があり、自分と比べても嫉妬するほどだったが、単純な俺はいかにも頭然とした岩城が気に入った。
岩城も騎兵隊が北部へ進出しなければ、黙認の形を取ると約束してくれた。
日々は平穏になったが、俺がタイマンでゲスにやられそうになってカイが手を貸したという噂は市内全域の中学校に広まっていた。
さすがに面と向かって言える奴はいなかったが、騎兵隊内部でさえ、「あれはな~、ちょっとな~」と、ひそひそ言ってる奴もいた。
千種の仲間は以前と全く変わらなかったから、俺は全然平気で、カイも気にしている様子はなかった。
※ ※ ※
9月の第三土曜日は市内で一番大きな八坂神社の例大祭で、中央駅前から大通りを各町内会の神輿や山車が巡行する。
市をあげての祭りになるので、国道から市街へ入る道は全て交通止めになった。
警備に駆り出される警察が手薄になるのを見越して、市内中の族が集まって大規模な暴走が行われるのが慣例になっていた。
俺たちの【紅蓮】へのデビューはこの日に決まった。




