1986盛夏-14
足音を忍ばせて家に入り、できるだけそっと風呂の水で身体を洗った。ショーヤは別棟の離れだが、かなえさんは母屋で寝るようになっていたから気を使う。
明るい風呂場の鏡で見るとションに木刀で殴られた額はざっくり割れていて、かずまのいうように病院で縫ってもらった方がよさそうだ。
とりあえず、濡れたガーゼを替えてガムテープでその上から押さえた。
さすがに朝飯のテーブルでかなえさんやショーヤの追及を受けるのは面倒なので、ぎりぎりまで寝ていて飯抜きで家を出た。
家の前で、仲間が揃って待っていた。
バタは夏服では隠しきれないほど、体のあちこちに青や茶色の変色が見えるし、ケータやそらやダブルも顔が腫れたり腕に包帯を巻いたりの満身創痍だった。
キキだけが不思議に無傷で、それだけ誰も近寄れない悪鬼の働きだったのだろう。
そのみんなが俺を見てぎょっとしたような顔をしたから、俺の見かけも惨々なものだったにちがいない。
とっくに授業が始まってる時間に学校に到着した俺たちを、校門の前に停めたパトカーに乗った但馬が待ち構えていた。
※ ※ ※
人数が多すぎて捕まえるのが面倒だから首謀者だけ来いというわけで、俺とバタがパトカーの後部座席に乗せられた。
先客ののんちゃんが、「おす」と手をあげて挨拶してきた。
「てめぇら、わっぱ(手錠)かけられないからって甘えてんじゃねえぞ!」
前の席から振り向いた生活安全課の但馬はヤクザと変わらないドスの効いた声で俺たちを怒鳴りつけた。
その但馬がいきなり手を伸ばしてきて俺の額のガムテープをびりっと引っ剥がした。痛くて叫び声が出たのを、ざまあみろと言うようににたりと笑ったが、警察に行く前に俺を千坂総合病院に連れて行ってくれた。
かずまの兄貴だと言う医者が出てきて、「麻酔がいるなんて泣き言を言うなよ」と鬼のような荒っぽさで傷を縫ってくれた。
「昨日、ギプスをはめた奴を見たと言うのがいるが、お前の弟はどうしてる?」
但馬の口調は医者に対すると言うより古い昔馴染みの様な気安さがあった。
「さぁ、病室で寝てたんじゃないですか。朝回診した時にはいましたよ」
かずまの兄貴もしれっと嘘をつく。
「ほら、あんまりやんちゃすんなよ」 俺の頭にメロンの袋のようなネットを被せて、わざと傷の辺りを叩きながら医者が笑った。
「ストレイ・ドッグスの総長だったおまえの言葉とは思えないぜ、千坂」
「その節は大変お世話になりました、但馬さん」
昔の仇敵同士の皮肉のたっぷり入ったやりとりをぽかんと口を開けて聞いている俺に、
「かずまには言うなよ」 兄貴が笑って俺に釘を刺した。
今はもう無いが10年前のストレイ・ドッグスは老舗の暴走族だった。市で初めてキャロルのコンサートがあった時に、その護衛を務めたことでも有名だった。
いまよりもっと華やかな、暴走族が絶頂だった時代だ。
かずまの兄貴に対する俺の目はハート形になっていたかもしれない。なんなら、サインも欲しかったぐらいだ。
「あいつが医者になったと聞いた時には太陽が西から出るかと思ったぜ」
俺の襟首を掴んでまたパトカーに戻りながら、嫌味を言う但馬の声はなんだか嬉しそうだった。
※ ※ ※
カイとカンカンも捕まった。
南野中の奴らがべらべらとしゃべったせいだ。
遊佐は実際に戦ったわけでなく連行もなかったが、自分から出頭して来て、凶器を準備をしたのは自分だと自白したらしい。
男気を見せたと言うより、市の警察署副署長の父親への嫌がらせだろうと俺は見ていた。
そもそも最初に仕掛けてきたのは南野中のションで、倉田中のかずまを襲ったのがきっかけの争いだ。
大人から見ればガキのケンカの延長だったが、何しろ人数が多すぎた。けが人も出たし、警察も見過ごすわけにはいかなかったのだろう。
俺たちは全員警察に連行されたのは初めてだったから――のんちゃんを除いて――調書を取られ、反省文を書かされて、親が迎えに来たら帰ってもいいと言うことになった。
(以前に原チャリの窃盗で捕まったことのあるのんちゃんは家庭裁判所から呼び出しを受けることになったが)
鑑別所や少年院に入るのが珍しくない南野中の奴らは、ほとんど家裁送りになったらしい。
俺たちの側の処分が甘いのは、初犯だというだけでなく、大人の事情が色々絡んでいるのではないか――但馬のぶすっとした顔を見れば何となく察せられた。
やはり遊佐が副署長の息子だと言うのは大きかったに違いない。かずまも連行こそされなかったが、実父は病院長で市の名士だ。それに、俺の親父は金を持っていた。
「いいか、二度目は無いと思え。無免許一つでも見つけたらしょっぴくからな」
俺の担当になった但馬がいかつい顔で脅しをかける。
みんな別々の部屋で親が迎えに来るのを待つことになっていた。




