1986盛夏-13
「腹減ったなぁ~」
店の裏にある厨房のフードからいい匂いが流れてくる。
のんちゃんでなくてもみんな腹が減っていた。
どう見ても不良には見えないトラを、食料を仕入れに店に向かわせた。
まだ昼間の熱気は残っていたが、興奮の醒めた俺たちは体が冷えていた。
温かい握り飯と紙コップに入れて貰ったみそ汁が全身に沁み込むほど美味い。
のんちゃんの柔道崩れ仲間はそんなものでは足りなくて、ラーメンが食べたいと結局、店の中に入って行った。
残った俺たちは地面に座り込んでタバコを吸ったり、寝転がって仮眠を取ったりして休んだ。
「やっぱり・・・あれはまずかったなぁ・・・」
かずまがポツリと言う。
俺の隣でショッポを吸っているカイから視線を外したまま、「騎兵隊のトップがタイマンで助っ人してもらったというのは後々まで言われるぞ」
「俺は別に平気だ。言いたい奴は勝手に言えばいいさ」 俺は強がってみせた。実際、ゲスに負けても嘲笑を浴びるのは同じだ。
だが、カイが悪く言われるのは嫌だ。
「俺が勝手にやったんだ。ヒロさんのせいじゃない」 カイも俺を庇う。
「ま、勝ったのは俺たち騎兵隊だっていうのはションも認めるしか無かろう。あれだけのギャラリーが見てる前だったからな」
遊佐がそう断定したので、俺たちもほっと肩の力を抜いた。
まだ遠くで走り回るパトカーのサイレンの音が聞こえていたが、腹がいっぱいになったのんちゃんのグループは家に帰ると言いだした。
海沿いの狭い道なら、パトカーも通れないだろう。
どいつも体がデカい上にニケツで乗ってるから、原チャリのタイヤが押しつぶされている。
「面白かったな、ヒロ」 負けたのに満面の笑みでのんちゃんは帰って行った。
俺たちはもう少し時間を潰してから帰ろうということになって、みんなてんでに地面に転がった。
昼間の熱でまだ地面は温かかった。
キキがフラフラと近寄ってきて、俺の隣へ寝転がった。
「ありがとな、キキ」 まだ礼を言ってなかった。キキの突撃が形勢を一変したのだ。
みんなにも褒められて、今夜のキキは幸せそうだった。
「俺、役に立っただろ、ヒロちゃん」
「ああ、お前すごく強かったぞ」
ふふと嬉しそうに笑い、キキは膝を抱えて猫のように丸くなった。
「ららら~・・・シャングリ=ラ・ら・ら~」
機嫌よく鼻歌を歌いながら目を閉じる。
「・・・・いつか行きたい、シャングリ=ラ・ら・ら・ら~・・・」
「キキ、お前そのシャングリ=ラの歌、好きだな」
俺が笑うと、キキが眠そうにもたつく舌で答えた。
「これ歌ってると、声が聞こえなくなるからいいんだ」
「何の声だよ」 意味が分からない。
「・・・・怖くて、嫌な声・・・・」 それだけ言って、後はまた同じフレーズを繰り返す。
「・・・・いつか行きたい、シャングリ=ラ・ら・ら・ら~・・・」
キキと反対側の俺の隣で、カイがじっと無言でそのか細い歌声を聞いていた。
吸い終わったショッポを放り捨てた後、カイの薄い唇は声を出さずに同じフレーズを歌っているのが見えた。
「カイ。なんか言われても気にするなよ。お前は俺を助けてくれたんだから・・・」
カイは薄闇の中でじっと俺を見返した。
「決まりがどうだろうが、俺は自分の目の前でヒロさんがやられるのを見てるのは嫌だ・・・」
そう言われてしまえば、逆の立場だったら俺もきっと同じことをしただろう。
「誰がなんと言おうと、俺たちは南中に勝ったんだ。南軍騎兵隊が、一番なんだよ」
「俺たち、天下を取ったよね、ヒロさん」
カイが薄っすらと笑みを浮かべて、俺だけに聞こえるように小さな声で言った。
「ああ、俺たちが天下を取ったんだ」
痛む身体をじわじわと満たしていくのは、やっぱり何とも言えない満足感だった。
キキの鼻が詰まったような寝息が聞こえていた。
額の傷がズキンズキンと痛んでいたが、疲れた体にじわりと眠りが忍び寄る。うとうとと眠りかけた時、隣のカイががばっと身体を起こした。
「――何時だ!?」
「11時半」 カイの向こうで、そらの眠そうな声が答えた。
「ヤバい!俺、帰るから」
何も聞く暇もなかった。パッジョグは【みやこ食堂】の裏からあっという間に飛び出して行ってしまった。
国道はいつまでも行き交うパトカーのサイレンの音が響いていたが、俺たちは空が明るくなる前に各々の家に戻った。
今夜逃げ遂せても、このまま何事もなく終わるとは思えなかったが、翌日の9月1日の二学期初日には出ようと取り決めた。
捕まった南野中の奴らがどこまで喋ったかわからないが、知らぬ存ぜぬで突っぱねようということにしていた。




