1986盛夏-11
「なに余裕こいてんだよ――仲間の心配より、てめぇの心配しろや!」
あっと思った時には懐に飛び込まれて、きれいな背負い投げでアスファルトの地面に叩きつけられた。体育の必修科目の柔道の時間に唯一受け身だけは熱心にやっておいたから、なんとか耐えられたが、それが無かったら一発で動けなくなるところだった。
すかさず下腹に突き落とされる膝を辛うじてかわした。息をする間もなく、拳が顎に炸裂する。
こいつはかずま同様に柔道も空手もできるみたいだ。ただかずまのはお稽古事だったが、こいつは本物だ。
喚声や悲鳴が地響きのように周囲を押し包む。
一方的にやられたままでたまるかと跳ね起きて立ち上がったが、ぐらりと眩暈がした。
それを見逃がさずに胸元を掴まれて引き寄せられた。また投げをうってくると感づいたからそのままの勢いを利用して相手の顔に頭突きをぶちかました。
歯が当たって額が切れたのか、向こうの血かわからないが、生暖かいものが目に流れ込んできた。
相手の体勢が崩れかかった隙を突いて、脚を蹴り飛ばして押し倒した。
目に入る血で見えにくいのを拭おうとしたところを、力任せに反転され、ゲスの体が俺の上になりそのまま首を絞めてきた。
逃れようと必死に腕を押し上げたが、執拗に頸動脈を抑えてくる。
「ヒロさん!」カイの叫ぶ声が聞こえた。血が滲んで霞む視界に駆け寄って来るカイの姿が見えた。
「だめだ!――手を出すな、カイ!」
タイマンに助太刀したら、後々まで嘲笑を受けることになる。やられる俺だけでなく、手を貸すカイも卑怯者と指差される。それなら、参ったと降参をしてしまった方がまだましだ。
そんな迷いを一瞬で粉砕するように、カイの蹴りがゲスの肩にぶち当たって俺の上から吹っ飛んで行った。
「大丈夫か!ヒロさん」
俺の肩を掴んで引き起こそうとするカイに、
「邪魔しやがって!てめぇぶっ殺すぞ!」
立ちあがったゲスが手近な鉄パイプを握りしめてカイに突進してきた。
「みっともねぇな、ヒロ。タイマンに助っ人してもらうのか」
ションが傍らでせせら笑ってきたから、血の混じった唾を吐きかけてやった。
「自分でタイマン張れなくて助っ人引っ張ってきたてめぇに言われたかねぇよ。そんなに俺が怖かったのか、ション」
「誰がてめぇなんか怖いもんか!」
ションの持っていた木刀が俺の額にぶち当たって、それこそ目から星が出た。
「ヒロ!」
「ヒロさん!」
誰かが俺を背後から抱きとめ、手に木刀を押し付けてきた。そらもダブルもケータもてんでに鉄パイプや木刀、金属バットを持って走り寄ってくる。
後で聞くと、カイがゲスを蹴り飛ばした直後に、遊佐が隠し持ってきた武器を仲間に配ったらしい。
もちろん南野中の連中も獲物を手に一斉に襲い掛かってくる。
後はもう両軍入り乱れての大乱闘になった。ギャラリーが逃げ惑って右往左往している。
「――カイ!」
カイはまだゲスと対峙していたが、その前のケンシロウとの闘いで消耗しているのは明らかだった。カイもどっちのともわからない血で胸前を濡らしている。
なかなか近づくこともできない。
のんちゃんはラオウに惜敗してまだひっくり返っていた。早くに勝ったカンカンは元気だったが、辛うじて勝ったバタは動けない位疲れ切っていた。
1、2年生も数に入れれば南軍騎兵隊の方が人数は勝る。だが、南野中はケンカ慣れした猛者が揃っていた。
「うおぉぉぉぉー」
凄まじい奇声を発して誰かが金属バットを振り回しながら争いの渦の中に突っ込んできた。狂人のように一瞬のためらいもなくぶち当ててくるバットに、囲んだ南中の奴らの方が怯んでいる。
自分が殴られようが気にも留めない獰猛さでバットを容赦なく打ち下ろす。
「キキだ!」
わっと歓声が上がり、一気に形勢が逆転した。
俺は木刀を振り回しながら、とうとうションを追い詰めた。
「俺たち騎兵隊の勝ちだ!二度と手を出すな!」
遠くからパトカーのウ~ウ~と重なり合うサイレンの音が近づいてきた。かなりの数のパトカーがこっちへ向かって来ているのがわかる。
――逃げろ!
という声があちこちで上がり、右往左往するギャラリーに較べて素早く逃走するのに慣れている俺たちはさっと引き上げを開始した。




