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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第二章 中三-夏
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1986盛夏-7

夏休みが終わりになる頃には俺たちはそれぞれが自分のバイクを手に入れて、お互いのバイクの自慢や改造具合を相談し合った。

他人と同じバイクは嫌だと言う競争心もあるから、みんな目の色が変わっていた。


解体屋の松爺のところで部品を漁り、陸さんの修理工場の隅っこで手伝ってもらいながらカウル(風防)を取りつけたり、マフラー(消音器)をぶった切ったりして、一応の満足ができる状態になると、夜には新しく造成された外港の突堤まで出かけて行って練習に励んだ。


紅蓮についていくのならみっともない走りは見せられない。

夜の海からの涼しい風に吹かれながら、俺たちは生まれて初めての真剣さと熱意で夏の終わりを過ごしていた。


「いつ紅蓮と走れるんだ」 バイクが揃えば、みんな早く走りたくて焦れ始めていた。

「タクロウさんには許可を貰ってるけど、ショーヤがまだうんと言わないからな。こっそりついていって追い返せない状況を作るにはチャンスを狙わないと」

みんなショーヤの怖さは承知しているから、黙ってまた練習にもどっていく。


外港の広い直線道路をフルスロットルでぶっ飛ばし、急カーブを切り、隊列を組む練習もした。

バタとそらは熱心だったが、ケータは相変わらず女の子が優先でバイクに関心が薄く、自前のバイクはまだ持っていないのでそらの後ろへ乗って振り落とされない練習だと言い張った。


ダブルは紅蓮の真っ赤な特攻服を早くも手に入れて、着心地を試したりしていた。

「う~ん・・・――なんかね、この色は野暮ったいよね。バイクも赤だしさ。改良の余地がある・・・・」

ダブルの手にかかれば、伝統もへったくれもダサいの一言で片づけられる。


千種の連中の勝手さに較べると、香西のカイとクーガ、りょーへーは生真面目なほど練習に打ち込んでいた。

香西卒の族は結成されていなかったから、カイたちも紅蓮に加わるつもりでいる。

紅蓮は千種の先輩であるタクロウさんとショーヤが立ちあげたから、千種卒生だけで構成されていた。香西の連中を紅蓮に入れたいと言えば、先輩たちからの反対が予想されたが、俺は絶対にカイも一緒に走りたかった。


その前に、俺の心配はキキの走りだった。四輪に乗り換えた先輩が無料(ただ)で譲ってくれたバイクに乗っているキキは、運転が不安定なところがあった。

「バイクの時は絶対にシンナーはだめだぞ」 俺がくどいくらい念を押すと、「わかってるよ、ヒロちゃん」 キキは笑顔で返事をする。


その夜も直線道路をまっすぐに走らせられずに左右に大きくぶれる。俺が目を光らせてるから、シンナーを吸っている気配はなかったはずだが、隣を走るバタも気づいて止まって休むようにキキに叫んでいた。

「キキは無理だな」 ヘルメットを脱いだバタが首を振りながら俺に声をかけてきた。「あんなんじゃ、すぐ事故る」

俺もそれは不安に思っていたが、一緒に走りたがるキキの気持ちも痛いほどわかっていた。



少し離れた防潮堤に寄り掛かったキキは、街路灯の明りを外れて薄っすらとした影がバイクと一つになっていた。缶コーヒーを口元に運んで一息入れているように見えた。

海からの風に乗って、「・・・シャングリ=ラ・ら・ら~」 いつものキキの歌うような声がかすかに聞こえてくる。


「・・・いつか行きたい、シャングリ=ラ・ら・ら・ら~」

風は歌声と一緒に、別のものも運んできた――シンナーの匂い! 缶の中身はコーヒーではなくてシンナーだった。


「キキ!お前、何やってんだ!」

キキの手からコーヒー缶を叩き落とす。「シンナーはもうやめろって言っただろ!」

思わず殴ろうとして振り上げた俺の手を避けるように、キキは頭を抱えて縮こまった。

「ごめん、ヒロちゃん、ごめん」


中一の頃、本気でやればキキは俺より強かったはずだ。体も俺より大きくて、力も俺より強かった。

だけど三年の今、気がついてみるとキキはひどく痩せて俺より背も低くなっていた。


「お前は走るな!もう帰れ!」

「ごめん、ヒロちゃん、ごめん。俺、もう絶対シンナー止めるから、一緒に紅蓮に入れて。お願いだから、ヒロちゃん」

何度この無意味な約束を聞いただろう。


「だめだ!お前はバイクに乗るな!」

バイクに乗せれば、きっとキキは事故を起こして命を失くすような気がした。


俺はキキのバイクのキーを抜き取った。キキララのキーホルダーがつけてあった。俺が修学旅行で買ってきてやった土産。

「返してよ~ヒロちゃん。俺、もう絶対やめるから~」

キキがすすり泣きながら俺の後ろをついて回る。


遠目に俺たち二人を見ながら、仲間たちは無言だった。

小学生からずっと一緒だった俺とキキの仲は、みんなよくわかっていたから、キキを面と向かってハブくやつはいない。



その夜、キキのバイクはケータが運転して帰り、キキは俺が後ろに乗せて家まで送って行った。

「・・・いつか、行きたい・・・シャングリ=ラ・ら・ら・ら~・・・」

背中に聞こえる小さな声は、いつまでも同じフレーズを繰り返して途切れなかった。


今にも傾きそうな小さなキキの家は窓に灯り一つ見えず、闇の中に真っ黒な影のようだった。その中にうなだれたキキが入って行く。



キキの異変はもうその頃には始まっていたのだ。キキを押し潰そうとしていた本当の闇に俺は最後まで気づいてやれなかった。



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