1986盛夏-5
これまで思わせぶりな態度を取ったことも無いし、取られたことも無い。こんな場面で突然告白めいたことを言われて嬉しいより驚きの方が強かった。
「俺、女からもらったリストバンドはしないって決めたんだ」
なぜとっさに拒む言葉が出たのか、俺にもよくわからない。
「――そう・・・」
ちょっとさびしそうに目を伏せて、武田綾香は隣のグループの方へ行ってしまった。
牧を初めとして勉強のできる優等生グループは、武田綾香にふさわしい場所だった。殴り合いの喧嘩なんて一度もしないまま人生を全うする側だ。
俺と付き合うことにでもなったら、きっと幸せにはなれないだろう――かあさんがそうだったように。
「俺、ちょっと休憩するヮ」
屋台の後ろに回って、カイの隣に腰を下ろした。満腹になったのか、キキは後ろの杉の木に寄り掛かって居眠りしている。
マルボロを引っ張り出して口に咥えた。ここなら暗いから、参道を歩く人からは見えないだろう。
「ヒロさんは、ああいう女がいいのか」
カイがぶっきら棒に聞いてきた。
「ねぇよ。俺らと違い過ぎる女には近寄らない方がいいんだ」
ジッポの火がなかなかつかないことに苛立ちが募る。
「ようこだってヒロさんに気があるのは丸わかりじゃないかよ」
そらが焼きたてのソバを俺に手渡してくれた。さっきの焦げ付きも食べ損ねていたから腹が減っていたのに食べる気も起きない。
「ようこの仲間なら頼めばやらせてくれるだろ」
へらへらと笑った顔から、こいつ誰かとやったなとすぐわかった。
足で思い切りそらを蹴飛ばして追い払うと、ソバは置いたまま苛々とタバコを吸い続けた。
武田綾香はもう二度と俺に笑いかけることは無いだろう――俺は正しい選択をしたはずだったが、少しだけ胸の隅が軋んだ。
カイは黙って俺の隣でショッポを吸っていた。その取り澄ましたような横顔を見ていたら、不意に聞いてみたくなった。
「カイは女とやったことあるのか?」
前を向いたまま俺の方を見向きもしないで、「女はガキができるから面倒くせぇ」とだけ、カイは言った。
それきり、二人で押し黙って無暗にタバコを吸い続けた。
「いつまで休憩してんだよ、ヒロさん!」 そらの怒号が聞こえてくるまで。
二日目、午後8時の御輿の宮入りで祭りは終わった。
売り上げは二日間で400皿を越え、40000円の材料費を差し引いた残りのさらに半額の60000円が俺たちの取り分になった。そらはちゃんと折半して30000円を俺にくれた。
二日間怒鳴りまくられて何度もぶん殴ってやろうかと思ったが、俺が役立たずだったのは本当のことで、そらが多めに取っても文句は言えなかったから正直嬉しかった。




