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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第二章 中三-夏
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1986盛夏-4

「ヒロちゃん」

食べられそうなところだけかき集めた紙皿を押し付けられて落ちこんでいるとキキが声をかけてきた。

「キキ、焦げてるけど焼きソバ喰うか」

うんとキキは嬉しそうに言って、屋台の後ろに座っている俺の隣に腰を下ろした。

二人でぼそぼそと焼きソバを喰っていると、祭りの人が行き交う参道の奥から、「けんかだ~!」わっと声が上がり、一斉に走っていく。


「――カイだ!」

そらに怒鳴られて忘れていたが、カイがあのくそ生意気な高校生を引っ張っていったのだ。

「俺のも食っていいぞ」

残りをキキに押し付けて、俺は騒ぎの方向へ走り出した。



人だかりの輪の中でヘロヘロと掴みあっていたのは酔っぱらったおっさんとチンピラの二人だった。

「何でもありませんよ、さあ、散って、散って」

半纏を着た男が三人出てきて、野次馬を追い払いながら揉めている二人を有無を言わせず連れ出していく。

見事な手際なのは、祭りを仕切っている地回りのヤクザだ。


カイでなかったことにほっとして戻りかけた俺に、「博之さんですか」 半纏の男の一人が俺に声をかけてきた。

「――滝さん」

首藤組の若頭の滝さんの顔は知っている。最近親父が地元にいないことが多いから、滝さんが首藤組の看板を守っている。


「なんで滝さんが来てるんだ?」 祭りの見回りなど普通もっと下の者の仕事だ。

「テキヤの元締めから、うちのオヤジのところの博之さんが屋台に出てるって聞いたんで、騙(かた)りじゃないかと見に来たんですよ」

目が笑っているから、もうとっくに確認してたんだろう。

「後で、若いもんを焼きそば買いに行かせますから。焦げてないところを持たせてやって下さい」

これは絶対さっきのドタバタを見られているに違いなかった。


それだけ言うと滝さんはすぐにさっと離れていったから、俺は急いで屋台に戻った。

「何やってんだよ!早く売ってくれよ!」 そらはもう次の焼きソバに取り掛かっていて俺に怒鳴ってきた。

ちくしょう、こいつは一回締めてやらなくちゃ。


屋台の後ろではキキと並んで座ったカイが、焼け焦げた焼きソバを喰っていた。

「さっきの奴どうした?」

「駐車場の裏で寝てる」

「ありがとな。それ俺の奢りだからうんと喰え」

カイがふふと笑った。

「ヒロちゃん、苦いよ、これ」キキが口を尖らす。


そらが焼いたちゃんとした奴を二つ、俺の金を払って買う所を見せてから、キキとカイに渡した。今回ばかりは、カイも黙って受け取った。 

一日200食がそらの目標だったから、追い込みをかけなければならない。俺は名誉挽回のためにも気合を入れて客を呼び込んだ。



「わぁ~、りんご飴だ」

俺の前を素通りして、隣の屋台に飛び込んできた女がいた。

「ねぇ、りんご飴買おうよ」 振り返って一緒に来たグループを手招きしている。


花柄の浴衣を着て金魚の入ったビニール袋をぶら下げ、祭りを満喫しているらしいそいつが俺に気づいて、「あれ、首藤君?」と首を傾げた。

名前は覚えていないが、俺のクラスの女だった。


「首藤君、焼きソバ売ってるんだぁ」

「買わない奴はさっさと行けよ」

エプロンをつけたままの俺をあははと笑っているうちに、4、5人の男女の連れがやってきてしまった。

みんな俺のクラスの奴で、全員浴衣を着てグループ交際してますと言う顔をしている――武田綾香がその中にいた。


「売れ!」そらが俺に目配せする。

委員長の牧を見つけたから、「おい、焼きソバ買ってけ」と袖を捕まえた。

「さっき色々買って食べたからもう入らないよ」まったくクラスメートとは思えない冷たい返事が返ってきた。


「持って帰って喰えばいいだろ」

「要らないよ!」女の前だから結構強気に出てくる。こんなやつ、一発殴れば言うことをきかせられるが、さすがにそれはちょっとまずいだろう。


「私、一つもらうわ。家にお土産にするから」武田綾香が前に来て、俺に向かってにこっと笑いかけた。

いつも三つ編みにしている髪をまとめてアップにしている。他の女が白地に派手な色の花柄なのに、紺地に薄青の紫陽花が染まった大人っぽい浴衣を着ていた。


「作りたてやるから待ってろ」傍でにたにたしているそらを急がせた。

他のやつは隣のりんご飴の方へ行ってしまい、武田綾香だけが俺の屋台の前で立っていた。

見たことのない細くて白いうなじにドキドキして、持ち帰り用にパックの上にラップをかけるのがなかなかうまくいかない。


「首藤君――ようこさんに貰ったリストバンドしなくなってたでしょ」小さな声で聞いてきた。

「今度、私があげてもいい?」

いきなり言われてびっくりして顔をあげると、武田綾香の大きな目がまっすぐに俺を見ていた。潤んだきれいな瞳――かあさんによく似た切ないほど思い詰めた表情をしていた。



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