1986盛夏-3
祭り当日、そらの親父と一緒にテキヤの親方らしいおっさんのところへ挨拶に行くと、中学生に手伝わせるのを心配されたが、
俺が首藤組の組長の実子だとわかると、「まあ、急で回せる人手もないからしょうがないか」とか適当なことを言った。
廣幡神社の参道の両側に、30件ほどの屋台が出ている。
俺たちの隣は、リンゴ飴とかき氷の屋台だった。
そらは言葉通り慣れた様子で準備を始め、俺は言われた通りに水を汲んで来たり、プラスチックのパックや割り箸を用意したりと結構忙しかった。
肉やキャベツはカット済みだったから、鉄板が温まればすぐに焼きソバを作りはじめられる。
御輿の宮出しのある昼過ぎから参拝客はやってきたが、暑さを避けた夕方からが屋台の本番だ。
「ヒロさん、焼きソバ奢ってよ」 最初に来たのはようこたちの不良グループだった。派手な花柄の甚平姿で、頭にデカい花を飾っている。
「なんだ、てめぇらの男に奢ってもらえ」 どうせどこかで待ち合わせているんだろう。
「ヒロさん、ちゃんと金貰えよ」 焼きソバを掻き混ぜながらそらが大声で牽制する。
「じゃあ、りんご飴奢って」 普段と違う格好だから、女たちも可愛い子ぶる。
「金稼ぎに来てるのに、なんでお前らに金使うんだよ。焼きソバ買わない奴はさっさと帰れ」
俺たちが屋台で焼きソバを売ってるというのはもうあちこちで知られていたらしく、地元でもないのんちゃんやかずまも仲間を連れてやってきた。
「祭りに連れてくる女もいないのか」 男ばかりのグループをからかうと、
「祭りに働いてる奴がそれを言う?」
まあ数も出たし、ありがたい客だから文句は言えない。
ダブルやバタも来たが、そらが頑として金を貰えと言うので仕方なく少し大盛りにしてやった。
ケータはパリッとした黒の浴衣を着て、同じように浴衣を着た女連れだった。
「私、焼きソバはいらない」
生意気そうな女がそう言ったので、ケータの分だけ売りつけた。どこかで見た女だと引っかかっていると、
「あれ、うちのクラスの菊川だ。ケータ、あの気い強い女と付き合いだしたのか。浮気したら殺されるね」 そらが二人を見送りながら肩をすくめて笑った。
「ヒロさん、俺トイレ行ってくるからさ。見てたからもう作れるだろ。ちょっと代わってよ」
エプロンを俺の腰に縛り付けると、そらは俺一人を残して姿を消した。
見よう見まねでも簡単に作れそうな焼きソバだったから、俺は張り切って両手にヘラを握って鉄板の前に立った。
最初に肉から焼く。色が変わったら、キャベツを入れる。麺をほぐして加え、ソースをかけて混ぜる。
手順は簡単だったが、まず肉が鉄板に張り付いた。油をひくんだったっけと思い出したが、もたもたしてるうちに肉が焦げだし、慌ててキャベツを放り込んだ。
麺が塊のままなかなか解れない。鉄板の熱が反射して地獄の熱さだ。ソースを入れなきゃともたついていたら、ドバっと入ってなんだかべちゃべちゃになった。
「焼きソバ三つくれ」客が前に立った。
「うるせぇ、待ってろ!」 俺が忙しいのが見てわからないのか!
「何偉そうにしてんだよ!早くしろ!」 顔をあげると、どうもガラの悪そうな高校生だ。
「待ってろって言ってんだろが!うるせぇんだよ!」
俺はヘラを構えてそいつを睨みつけた。目の前の焦げてべちゃべちゃの焼きソバから目を背けられるなら、こんなやつ喜んでぶん殴ってやる。
高校生もやる気で鉄板越しに俺を威嚇してきた。
「ヒロさん――」カイが来たのはちょうどその時だった。
「何やってんだよ、ったく――あんた、やるんなら俺と話しつけようぜ」
そのまま、高校生の腕を掴んで引っ張っていった。
追いかけようかとヘラを握りしめている俺の耳元で、そらの絶叫が響いた。鉄板の上が火を噴いていた。
黒焦げの残骸を前に、そらは俺に弁償しろと怒鳴りつけた。千種の頭の俺に向かってだ。
「ヒロさんがこんな役立たずだとは思わなかったよ!任せた俺が馬鹿だった!400×5皿で2000円の損害だ!」
喚きながらも手は止まらず、焦げ付きをきれいに掃除して次の焼きソバに取り掛かっている。




