1986盛夏-1
夏休みに入ってすぐそらに呼び出されて、【ジャバ】に行くためにタクトで【駅】まで走った。
いつもの癖で小さな駅前ロータリーをぐるりと回っていると、原チャリを銀行の横で停めているカイの姿に気づいた。
カイも俺に気づいて、軽く手を挙げた。
「【ジャバ】に行くとこなんだ。カイも来いよ」
「先行っててくれ、ヒロさん。俺、金下ろしてから行く」
「なんだ、俺が奢ってやるよ。早く来い」
「いい。美佐ちゃんが金入れてくれてるはずだから」
かずま程ではないが、俺もかあさんという財布を持っているから金回りがいい方だ。仲間が親からもらう小遣いはたかがしれていた。キキやバタはほとんど貰っていなかっただろう。
【ジャバ】やコンビニの細かな金は俺が出すことが多い。俺の見ていないところで、万引きとか小遣い稼ぎのカツアゲとかやってるかもしれないが、そんな程度は俺も煩くは言わない。
「ヒロちゃんは小3の時スーパーでガム盗んで捕まったんだよね」
キキがばらしたように、店に捕まった俺はかなえさんに引き渡され、ショーヤに死ぬほどぶん殴られたトラウマが消えていない。
そらは時々、ドカンとでかい金を持ってくることがあった。みんなに焼肉を奢ってくれ、へっへっへと意味不明に笑うだけで詳細は闇の中だ。
カイは解体屋の松爺を手伝うこともあったらしいが、美佐ちゃんが毎月送金してくれている。バブル景気がはじまっていたから、それなりの額を送ってこれるのかもしれない。
ヒロさんから借りるのは、タバコの火だけだ――カイはそう言い、缶ジュース一本でもなかなか俺から奢られようとはしなかった。
カイが金を下ろして銀行から出てくるのを待って、駐車場で二台の原チャリを見張りながらタバコをふかしていた。私服の柄シャツに短パン、網サンダルというだらけた格好だから、わざわざ喫煙を注意しに来る奴もいない。
駅の改札の外に目を惹く女が一人立っていた。電車が停まるたびに人待ち顔に改札の奥を覗いている。
腰にぴったりした足首までのロンタイ(ロングタイトスカート)をはいてるから、不良(ワル)寄りの女だろう。ヒールの高い赤いサンダルを履いて、背中まであるワンレンの長い髪を時々かき上げている。
遠目に見てもすごくきれいな横顔だった。
カイが出てきて、俺の視線の先を追って女を見た。
「なんだ、ヒロさんの知ってる女か」 ひどく素っ気ない。
「あんなマブイ女と知り合いなら嬉しいけどよ。なぁ、カイ。声かけてみるか」
「ばばあじゃねぇか」
確かに年上には見えたが、20を過ぎてはいないだろう。
そのうちまた電車が停まり、バラバラと人が降りてきた。
改札に薄い青色のシャツを着た男が見え、それがショーヤだと気づいた時には女が駆け寄っていた。
背が高くて男前のショーヤは、その女とよく似合っていた。
慣れた様子で女の腰に手を回しながら駅を出てきたショーヤは、当然のようにアホ面で突っ立っている俺に気づいた。
わざと見せつけるように女の腰を抱えながら近づいてくる。
「ヒロ、こんなとこで何してる」
口惜しいが、女はこれまで見た誰よりも美人で胸もデカかった。
「あら、ヒロちゃんていつも話してくれてる照也の弟みたいな子でしょ。まだ中学生なんだ。可愛いわね」
ネコの子を見るように笑う女が、明らかに俺を馬鹿にしているのが忌々しい。
「【ジャバ】へ行くとこだよ」
「そいつは?」
いつの間にか俺の後ろに立っていたカイを顎で指してショーヤが不審そうに聞く。
「香西のカイだよ。こっちはショーヤ。元千種の頭で――」
「紅蓮のトップの・・・」
カイが緊張した面持ちでぺこりと頭を下げる。
「お前が香西のカイか・・・・」
ショーヤの目がすっと細められて、カイを射すくめる。
千種と紅蓮の頭の目だ。
「強いんだってな。最近はヒロとつるんでるんだろ。こいつ、甘ったれてるとこあるから頼んだぞ」
俺の頭をぐしゃりとつかんでから、ショーヤは笑いながら女と歩いて行ってしまった。
あっちの方向にラブホテルがあるのを俺は知ってるぞ。
「ちぇ、真昼間から盛りやがって――なぁ、カイ」
振り返ると、カイは遠ざかっていくショーヤたちの後姿をじっと見送っていた。
伝説のショーヤに会って感激したにしては鋭い眼差しだった。
目に見えないカイの全身の毛が逆立っているような警戒心が剥き出しになっている気がした。




