1986初夏ー8
6月に入ると周囲もすっかり夏服になったので、南軍騎兵隊には黄色のタオル地のリストバンドが影の総司令官ダブルから支給された。
ダブルとしては、もっとおしゃれなブレスレットの様なものが希望だったらしいが、黄色が目立たないという以上に予算が優先されたらしい。
まあ、汗も拭けて便利だし――と、かなえさんには概ね好評だった。
そのうち、最初はケータの周辺から流行り始めたのだろうが、リストバンドの内側に女子が赤糸で自分の名前を刺繍して好きな相手に贈るというのが、同盟中学のあちこちに広がり始めた。
表側に名前は見えないが、内側に刺繍すると表に赤い糸がのぞく。つまり赤糸が見えるリストバンドをはめてる奴は女子にモテてるという優越感を見せびらかすようになった。
ケータは両手首にはめて、さらに毎日交換しているという噂は嘘ではないと思うが、そらやバタ、二年のハガ達、ついにはダブルまで赤糸をのぞかせるに至ってストイックな男の同盟は女どもに蹂躙されてしまった。
千種中の騎兵隊で赤糸の見えないまっ黄色のリストバンドをはめているのは、俺とキキだけになってしまっていた。
キキは危ない奴だと思われているから仕方がないところはあるが、千種の頭で騎兵隊のトップの首藤博之が――まるっきりモテないという状況をどう受け止めていいかわからない。
くそ真面目ながり勉よりちょっと悪い方が人気があったし、ケンカの時は結構黄色い声援を浴びていた気もするが、現実はこんなものか。
「刺しゅう入りリストバンド、あげようか」
女の番格のようこが笑いながら聞いてきた。
「そんなもん、要らねぇよ」
「気の毒で見てられないからさ。ヒロさんとはキスした仲じゃん」
俺の机の角に腰掛けながら、ようこが耳元でこっそり囁いた。まあ、そう言われれば、俺のファーストキスはこいつに奪われたようなもんだ。
聖子ちゃんカットのようこは結構可愛い顔をしているが、気の強さは俺たちを上回る。二個上の先輩と付き合ってるのも知っているから、別にときめきもしない。
「いいから。ほら、手を貸して」
ようこは俺の左手を掴んで、カバンから出したリストバンドをはめた。普通は右手にするリストバンドだが、赤い糸の覗くそれは左手にするというのがいつの間にか決まりごとのようになっていた。
周りからひやかしの歓声が上がり、口笛がピューピュー吹かれまくった。いつの間にか俺の机を囲むように人だかりができている。焦ってジタバタとリストバンドを外していると、生徒たちの隙間からこちらを見ている武田綾香と目が合った。慌てて視線を逸らしたから、その表情までわからなかった。
次の集会に、俺は見栄を張ってようこに貰ったリストバンドをはめていった。
「おう、おめでとう、ヒロ」
かずまは俺の左手を見るなり、余裕たっぷりに祝ってくれた。のんちゃんはじろりと見ただけで、自分の右手を寂しそうに擦っていた。
久我中の遊佐は本気で軽蔑の表情だったから、誰もこいつに刺しゅう入りのバンドをやらないのは正解だったろう。
「貰ったのか、それ」
カイは遊佐より蔑んだ目をしていた。俺は気まずいところを見つかったように狼狽えて、
「カイはこういうのくれる女はいないのか」
「いねーよ。いたってお断りだ」 ぺっと唾を吐いて、カイは離れて行ってしまった。
後でクーガに聞くと、カイは渡そうとした女子に突き返していたらしい。
「もったいないスよね。けっこう数いたのに」
俺はようこに貰ったリストバンドをその日のうちに外した。
※ ※ ※
南野中とは小さな小競り合いはあったが、たいてい「騎兵隊を呼ぶぞ」と言えば、相手が渋々退散する程度で済んでいた。
騎兵隊が一段落すると、俺は【紅蓮】デビューのためのバイクを手に入れることに頭がいっぱいになった。原チャリのタクトでは入れて貰えないから、250ccは欲しかった。
そんな表面上は平穏な日々が過ぎて行き、中学最後の夏休みが始まった。




