1986初夏-7
カイの真似をして買って帰った二つのブレスレットを、夕食が終わった後、ちょうどかあさんとかなえさんが揃っていたところで渡した。
「ヒロの土産じゃ八つ橋あたりだろうと思ってたけど、こんな色気づいたもの買ってきたなんて、明日は嵐だね」
そういいながらも、かなえさんはすぐにブレスレットを手首にはめた。緑色のガラス玉がきらきらと光を放つ。
かあさんは大事そうに両手に包んで、胸に押し当てたままもう涙ぐんでいる。
「ほら、志穂さん。はめてごらんよ。せっかくヒロが清水の舞台から飛び降りて買ってきたんだから」
そう促すかなえさんに母さんは微笑みながら頷くが、胸から離せないでいた。
この二人は全く正反対に見える。かなえさんは乱暴な口をききながらも、体の弱い母さんを労って家事の大半をしてくれていた。
かあさんはそれにすっかり頼り切っていて、かなえさんを「かなちゃん」と呼んで甘えているところが見える。
それでも、かなえさんの方はかあさんに対してどこか一線を引いた感じがあった。
ショーヤの父親の南條雅也と俺の親父首藤一之は中学校からのツレで、二人で故郷を飛び出してヤクザになり、首藤組を立ち上げた。
同じ中学だったかなえさんは雅也の後を追いかけてきた。
三人は似た者同士の同類だ。
かあさんは三人と同じ中学だったが、明らかに違う世界の住人だったはずだ。
小さな頃、かあさんは俺にお伽噺を繰り返し聞かせた。
――『王子様はね、18になったら迎えに来るからって約束したの。そして、お姫様が18歳の誕生日に、迎えに来てくれたのよ。二人は結婚して幸せに暮らしたの』
物語はそこで終わる。俺はその繰り返される話に5歳で飽き飽きしていた。結婚したお姫様はちっとも幸せじゃなかったとガキでも察しがついていた。
※ ※ ※
あれは俺が中二になったばかりの頃だ。
遅くに帰ってみると親父の黒いクラウンが車庫に収まっていて、久しぶりに顔が見られると嬉しくなった。
家の中に入ると、台所の方から小さいが言い争うような声が聞こえてきた。
「あの女は何!新町のマンションに住まわせてる女だよ!」
かなえさんの声は低く抑えてはいたが、溜まっていた憤懣をぶつけるように激しかった。
親父に向かってこんな口の利けるのは、かなえさんだけだろう。
「あれはどうってことはない遊びの女だ。お前が気にすることじゃない」
「私なんかどうでもいいんだ!志穂さんが知ったら泣くだろ!」
新町の女の噂は俺の耳にだって聞こえていた。
クラブのママをやらせているという女と親父の関係がどういうものか、わからない年じゃない。
かなえさんの怒っていた声はいつのまにか勢いがなくなってしぼんでいた。
「――だから、私があの時あんなに言ったじゃないか。志穂さんはだめだって」
「お前だって、雅也を追いかけてきただろう」
「私はいいんだよ。あんたや雅也と同じ世界の人間なんだから。でも、志穂さんは別の世界に住んでたんだ。連れてきたらきっと泣かすことになるって、私、何度も止めたよね」
親父はもう黙りこんで、かなえさんに反論する言葉を持っていない。
「それでも連れてきたんなら、最後まで守ってやらなくちゃ・・・・・あんた、雅也が死んでからすっかり変わっちまった。首藤組のことしか頭にない・・・組を大きくすることしか考えてないんだ」
その言葉を否定せずに、親父は話を切り上げた。
「・・・・志穂にはヒロがいる。あいつが傍にいれば、志穂は泣かないで済む」
ちがう。母さんは俺を抱きしめて泣くんだ。――ヒロちゃん、だんだんお父さんに似てくるのね。大きくならないで。小さな可愛いヒロちゃんでいて。
振り払えないほど細くて冷たい手で俺を抱きしめながら、母さんは泣くんだ。
廊下に出てきた親父は俺に気づいて一瞬だけ足を止め、すれ違いながら頭に手を置いた。
「やんちゃはいいが・・・シンナーや薬はやるな」
それだけ言って玄関に向かい、しばらくして車が出て行く音が聞こえた。
「てめぇの女を俺に押し付けるなよ」 いつか面と向かって言ってやる。
――現実の世界の王子はクソだ!




