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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第二章 中三-夏
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1986初夏-4

「これは何だ!」


キキのバッグの中から、体育教師の勝俣が掴みだしたのは栄養ドリンクの赤まむしの瓶だった。

「ただの精力剤だよ!返してやれよ!」

おたおたするキキを庇って手を伸ばしたが、今日の勝俣は出発時間がひっ迫して目つきが違っていた。

蓋を開けて匂いを一瞬嗅いだだけで、怒声を浴びせてきた。

「児玉!貴様は連れて行かん!シンナーは家へ帰って吸え!」


服装の取締は数が多すぎて諦めの状態だった教師たちも、この場は譲る気配は無かった。そもそも最初からキキは連れて行きたくなかったのが本音だろう。

あれほど言ったのに、シンナーなんか持ちこんだキキが悪いのは俺もわかっていた。それでも、キキはキキなりに旅行を楽しみにしていたのだ。


ヤクザにもなれない半端ものシン中の父親は、港の日雇いで何とか食いつないでいる。

修学旅行の積立は、あの最低の父親の唯一示した親らしさだった。だから、俺はどうしてもキキを修学旅行に連れて行きたかった。


勝ち誇った勝俣の顔を殴りつけてやろうとする俺をバタが背後から羽交い絞めにして止めた。

「ここでやっちゃだめだ、ヒロさん。騒ぎになる」

背後を振り向くと、ダブルやケータ、そら達も険悪な表情で勝俣を睨みつけていた。俺が手を出したら、駅の待合室はたちまち大騒ぎになって警察が飛んでくることになる。


「首藤君、シンナーだけはどうしようもないから。ね、他の生徒たちまで巻き込んじゃ可哀そうだろ」

俺たちのグループ全部を置いていければ万歳だろうが学校の世間体は非常にまずくなるから、担任の川端も必死に俺をなだめようとする。

「勝俣の野郎は、いずれ締めてやる」バタが耳元で声を低くしていた。


「ごめん、ヒロちゃん。行って・・・俺、留守番してるヮ」

キキはへらへらして俺の肩を叩いた。「土産、たくさん買ってきて」



見送りに来た教師の一人に連れられて、キキは改札の外から俺たちを見送った。

「キキ、生八つ橋買って来てやるぞ」

「漬物がいいか」

「舞妓さんのパンツ貰ってきてやる」

「野良の鹿がいたら拾って来るからな~」


「静かにしろ」と怒鳴る勝俣なんかに目もくれず、俺たちは口々に叫んでキキに手を振った。

キキはぶんぶん手を振り回し、俺が最後に見た時にはその手で目の辺りを擦っていた。



新幹線に乗り込む時、ホームで先に整列して待っていた香西中の列の中に赤い髪の頭が見えた。




※ ※ ※



いつまでも落ちこんでいるには、俺たちは若すぎた。



京都駅で降り、バスで奈良に向かうことになっていたが、香西中は駅前に整列して行き交う乗客の視線にさらされながら合唱を始めた。

整然と並んで古風な歌を二曲も歌い続ける列の端に、憮然とした表情のカイを見つけて俺はバスの中で大笑いしていた。

後でカイに聞くと、熱心な音楽教師がいて、合唱はもう10年近く続く修学旅行の恒例行事となっているらしい。


「なんだ、あれ。いつの時代の話だよ」

「俺だったら恥ずかしくて舌噛みきった方がましだなぁ」

バスでキキが座るはずだった隣の席が空いたので、代わる代わる色んな奴が話しかけてきた。

いつも仲間といることの多い俺にとっては、新しいクラスの奴らとまともに喋るのは初めてだったかもしれない。なんだかわからないが、飴だの菓子だのやたらに貰った。

俺と同じ班に割り振られていた奴らは、ヤクザの息子が思ってたよりまともだと安心したのかもしれない。



奈良・神戸とそれぞれ一泊して、三日目の午後が京都で自由行動になっていた。

もちろん班行動だったが、俺たちは脅したりすかしたりして抜け出し、カイたち(クーガとりょーへー)の待つ京都タワーへ急いだ。

午後6時までにそれぞれ宿に戻ることになっている。時間厳守だからね!と班の仲間に念押しをされたから、そのくらいは守ってやるつもりだ。


香西中が京都で泊まる旅館は、俺らの二年先輩らが襖を破り、テーブルを投げ、女風呂を覗くという大暴れをしたおかげで、千種中は出入り禁止を喰らっている。

おかげで俺たちは今夜はビジネスホテル泊まりだ。



京都タワーの前で待ち合わせたカイたちとは無事に出会えた。

何をしたいという訳でもなくて、寺には飽き飽きだったから、展望台まで上がってみた後にぶらぶらとみんなで繁華街をうろつくだけの予定だ。


「ごめん、俺、ちょっと抜けるね。時間にはちゃんと戻るからさ」

ケータがいきなり片手をあげて歩いて行った。その先に女子高生らしい制服の女が立っている。


「あの女、誰?」

「昨日の昼飯を食ったサービスエリアで隣のテーブルにいた千葉の学校の制服じゃねぇの?」 ダブルは服にかけては抜群の記憶力だ。

「あいつ、いつ女と話しをつけたんだろ」

並んで歩き去る二人を見送りながら、俺たちはケータの早業に感心するだけだった。

「あれ、ホテルに行くんだろなぁ」

――あいつがまさか本気で修学旅行中にゴムを使う気でいたとはだれも思っていなかった。



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