1986初夏-2
あさひは伝令役に志願した。
原チャリに乗りたがったが、親にばれて取り上げられ、結局チャリ(自転車)で五つの学校間を走り回ることになった。
せめてもの心意気に、あさひは自分のチャリを目いっぱい改造を試みた。
カマキリハンドルにサドルを最下段まで低くして、曲げた荷台の後ろに自分で作った旗竿を立て、騎兵隊の黄色の旗をなびかせながら、同様に改造チャリに乗った3人の子分を従えて意気揚々と走り回っていた。
その頃には、カイはほとんど俺たちと行動を共にするようになっていた。
学校が終わるころになると、原チャリに寄り掛かったカイが校門の前で待っているのが当たり前の風景になっていた。
カイの香西中の仲間が加わることも増え、りょーへー(松永稜平)やクーガ(久我谷 恒)とも遊ぶようになった。
「千種ってみんな仲良いんですね~」
最初の頃、俺たちがふざけ合っているのを驚いたように見ながら、りょーへーが言った。
下級生の一、二年は上に対して敬語だが、ケータやそらは頭の俺にタメ口だし、ダブルなど平気でダメ出しをする。気難しいバタや気まぐれなキキも仲間に加わっている。
香西中は三年でもカイに対して遠慮をしながら接している様子があった。小学校から一緒だったというりょーへーも常に一歩引いた緊張感を漂わせている。
「カイが笑ってるなんて、初めて見た気がするなぁ・・・」
その日は、バタのじいさんの作業場に集まって、キキが仕入れてきたシンナーをみんなで吸っていたが、すっと外へ出ていくカイの後姿を目で追いながら、りょーへーがつぶやいた。
カイはシンナーに対して文句は言わなかったが、自分では絶対に吸うことはしなかった。
俺も後で頭が痛くなることがあるので、付き合い程度にしかしないが、この機会にカイと幼なじみのりょーへーに聞いてみたいことがあった。
「カイは昔っから強かったのか?あんまり、噂聞いたこと無かったんだけど」
りょーへーはとろんとした目を瞬いて、シンナーの酔いを振り払うようにして考え込んだ。
「二年の秋まで、誰もカイが強いなんて知らなかったんですよ。たぶん、カイも自分で知らなかったんじゃないかなぁ・・・。
あんまり人と口もきかない、大人しい奴だと思われてたし。親父がヤクザでムショに入っているのをみんな知ってたから・・・それをからかわれても、文句ひとつ言い返さなかった」
しばらく言葉を途切らせてから、りょーへーは乾いた唇を舌で湿して話を続けた。
「あの時――誰かがまた何か、からかったんだと思うけど――気がついたら相手が血だらけになって泡を吹いてた。一瞬だった。周りも驚いてたけど、突っ立ったままのカイも呆然としてたのを覚えてる」
まるで自分の手が血に染まっているように、りょーへーは広げた掌をまじまじと見つめていた。
「それからは狂犬みたいに手当たり次第に喧嘩を吹っかけていった。上の三年が呼び出して締めようとしたんだけど、返り討ちにして、それから誰も手を出せなくなった」
「俺もあの時そこにいたんだ」
横からクーガが話に割り込んできた。
「カイはいつも親父のことからかわれても平気にしてたけど、あの時は美佐ちゃんのことを――」
「馬鹿!黙ってろ!」りょーへーがクーガの頭を突き飛ばした。
それから香西中の二人は黙りこんだ。
ケータとそらはシンナーに酔ってけらけらと笑っていたが、バタは酔うとますます気難しい顔つきになって黙り込む。
めったにやらないダブルはとっくに帰って行った。
部屋の隅ではキキがビニール袋を弄びながら、
「ら、ら、ら~ シャングリ=ラ~ いつか行きたいシャングリ=ラ・ら・ら・ら~」と鼻歌を歌っていた。
騎兵隊の名前決めの時に上った幾つもの単語の中で、キキの頭に残ったのはシャングリ=ラだけだったらしい。
舌がもつれることの多くなったキキが一番言いやすい言葉だったせいもあったかもしれないが、気に入っていることは確かだった。
メロディもなく歌とも言えないそのフレーズを、最近のキキは機嫌よく繰り返すようになっていた。
「おう、キキ。中学卒業したらシャングリ=ラに連れてってやるぞ」
そらがキキの肩を叩きながら、大声で笑う。
「ピンサロの天国へみんなで行こうぜ!」
「馬鹿!ピンサロって言うな!黙ってろ!」
りょーへーがふらつきながら立ち上がるとそらを殴りつけた。
「がんばれ、そら!千種が強いとこ見せてやれ!」
殴り合いになった二人をケータが焚き付ける。
クーガが擦り寄ってきて、俺の耳元でぼそぼそと言った。
「美佐ちゃんがピンサロで働いてたんだ・・・クラスの奴が親父からそれを聞いたらしくて、カイをからかって・・・・血祭りに上げられた」
「美佐ちゃんて誰だよ」
「カイの・・・・かあちゃん。今は出稼ぎで大阪に行ってるらしい」
カイが外でタバコを吸って戻ってきた時には、部屋の中はしんとして、キキの「・・・シャングリ=ラ・ら・ら・ら~」 しか響いていなかった。
俺が殴って黙らせたそらとりょーへーが痛いとすすり泣いていたが、バタやケータは知らん顔をしていたし、俺もクーガも眠ったふりをしていた。




