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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第一章 中三-春
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1986春-1

1986年(昭和60年)3月


バブルの奔流が足下まで近づいていた。

全国を吹き荒れた校内暴力の嵐は次第に収まりかけていたが、首都圏から離れた地方都市はタイムラグの狭間でまだまだ騒然としていた。

団塊ジュニュアの先駆けは熱気と活力に溢れ――俺たちの時代だった。



※ ※ ※



「――ヒロさん」

教室の戸口で誰かが俺を呼んでいたが、俺はそれどころではなかった。


紫の裏地に龍の刺繍の施された学ランの着心地に身震いするほど、テンションが上がりまくっていた。

今まで着ていた赤の裏地がいかにガキっぽかったか。

四月からはいよいよ千種(ちぐさ)中学の最上級生、俺らの代の伝説が始まる。


オーダーメードで仕立てられた上質の学ランの上下は、だが残念ながら俺の身体にぴったりと合っていたわけではなかった。

上着の袖とズボンの裾が10cm近く余っている。

「それ、ショーヤさんから渡されたもんだよね」

そら(北野 空)が羨ましそうに溜息をつく。


「いいなぁ、ショーヤさん――伝説ですよね」

俺たちより一個下のハガ(芳賀(はが)竜也)にとっては、憧れの英雄だろう。


二年前にうちの中学校を卒業したショーヤ(南條照也)は当時の番格で、卒業した後暴走族の紅蓮(ぐれん)を立ち上げ、周辺の不良(ワル)の間では伝説と言われていた。

この頃の俺たちは伝説という言葉が何より好きで、自分たちも伝説になりたいとひたすら願っていた。


ショーヤは中学を卒業する時、同じ中学に入る三歳下の俺に自分が着ていた学ランをくれた。

「中三になったら着ていいぞ」

普通はすぐ下の代に残すものだが、ショーヤは俺にとって兄貴みたいなもので特別扱いされるのは周囲も文句を言えなかった。


今日卒業した三年生も変形の学ランを残して行ったが、それをありがたがる者は誰もいなかった。

とにかく先代の三年生は根性なしのヘタレで、最近映画【ビーバップ】で流行っている“しゃばぞう”だった。

ショーヤたちが上下の規律を厳しく言っていなかったら、とっくに下剋上で俺たちが上に立っていただろう。


「南中は今日の卒業式に機動隊が来たってよ。それに比べてうちは平和なもんだ」

そらが残念そうにちゃかすのも無理なかった。

気合の入った南野中は、卒業生による大暴れで毎年新聞種になる別格の不良(わる)の巣窟だとしても、うちの卒業生は教師と抱き合って泣いただけで大人しく去っていった。


まあうちの教師たちはお礼参りされるほど、骨のある奴はいない。

さっきも俺たちの集まっている空いた三年の教室を覗きに来て、「ちゃんと戸締りして帰りなさい」と気弱に声をかけただけで逃げるように引き返して行った。


「ろくなもんがないな」

学ランの山を漁っていたダブル(東 敦(あずまあつし)ダブルA)が、吐き捨てるように言ってそれを足で蹴って押しやった。

それから俺をじろりと見て軽蔑したように鼻で笑った。

「だ・か・ら。もうそういうのは流行らないって」

家から持ってきた学ランのカタログを振りまわして、みんなの注意を惹きつける。俺たちのファッションの啓蒙を一手に引き受けているのはこいつだ。


「いくらショーヤさんのものだか知らないけど、そんな中ラン、ボンタンは時代遅れなんだよ!裏地が刺繍なんてダサっ!」

伝説の英雄も時代遅れの一言で切って捨てる。

「今の時代は短ラン、ボンスリ、裏地はチェックだろ。東京じゃ、もうみんなそういうのを着てるんだよ」

ダブルが持っているカタログには10頭身はありそうなイラストのモデルが、腰上までの短い丈の上着と、裾を絞ったズボンを身に着けている。


「東京、東京ってうぜぇ。そんなの着てるのはナンパな野郎だけだ」

バタ(小幡(おばた)慎二)の一言で、ダブルの口も閉じる。口数の少ないバタの言葉は重みがあるから、逆らうのは怖い。

諦めてカタログも閉じたダブルは、また俺を見てため息をついた。

「ショーヤさんは大きかったから、ヒロさんにはその服デカすぎるよ」

俺はやっと170に手が届いたところだが、ショーヤは卒業時に180近くはあった。


「【ベンクー】のおっさんに裾上げしてもらうかな」

中央駅前で学生服を扱う【ベンクー】という店は、最近はほとんど変形の学ランを並べていて周辺の町からも中高生が買いにくるほど賑わっていた。


「いいよ、俺がやってやる」

もう一度嘆息して、ダブルはカバンから裁縫セットを取り出した。

教科書は一冊も入れてなくても、ダブルの鞄にはいつも裁縫セットが入っているが誰もそれを笑う者はいない。

裾上げなど店に頼むよりきれいにできるし、何より喧嘩で破れた服を上手く縫い合わせてくれる腕を持つダブルは神さま扱いだ。



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