1986春-18
一騒動を見物した後、俺たちが屋上に出るともう顔ぶれはそろっていた。
勿論立ち入り禁止の場所だが、そらの持ってきた強力なボルトカッターの前には新学期に備えた南京錠と太い鎖も意味は無い。
トラがコンビニまで走って買ってきたサンドイッチやおにぎりをぱくついている間に、大半の生徒は帰って行った。
校門の辺りが騒がしくなった。屋上のフェンスに一斉に駆け寄って見下ろすと、二台の原チャリが校庭に派手なマフラー音を立てて走り込んできた。
どちらも二ケツで乗っているから、計四人の他校の生徒だ。
威嚇するように後の奴がバットを振り回しながら、校庭をぐるぐる回っている。
「南中か!」
昼飯を放り出して色めき立つ中で、そらがポケットからオペラグラスを出して冷静に観察している。こいつは必要なものが何でもポケットから出てくるドラえもんみたいな奴だ。
「――倉田のかずまがいるぞ」
「なんだ、倉中のやつらか」
ほっと緊張の空気が緩んだ。
うちの千種中から西へ2キロの倉田中のかずま(長瀬和馬)とは二年の頃から散々やりあってきた関係だから、お互い手の内は知っている。
南野中の脅威に較べたら、はるかにましなレベルだ。
三年になった今は、かずまが倉田の頭になってるはずだが、学校まで直接乗り込むほど過激な奴ではなかったと思う。
「ヒロさんを出せって怒鳴ってるみたいだよ」
「最近かずまとは揉めてないぞ?三年になった顔見せにしちゃ派手な登場だな」
またぞろ警察を呼ばれると厄介なので、とりあえず階段を駆け下りて校庭に出た。どうせばっくれても、俺たちがまだ学校を出ていないことは見張って知っているのだろう。
ぞろぞろと出てきた俺たちの前で、かずまが急ブレーキをかけ、後ろの奴が振り落された。
「てめぇ、ヒロ!この間の落とし前つけに来たぞ!」
色白の細面を真っ赤に染めて俺に喚いてくるが、「何のことだよ。ここんとこ倉中とはやってないぞ」 覚えがない俺らはきょとんとするばかりだ。
「嘘つくな!お前あそこにいたじゃないか!お前も!お前も!」
かずまに振り落とされた奴が、喚きながら立ち上がってバットの先を俺やダブル、バタに突きつける。
「――駅・・・」 トラが俺の後で服の裾を引っ張りながら小さい声で言ってきた。「――学ラン買いに行った日。カイさんが・・・」
それでやっと思い出した。その後の南中との追っかけっこでそれ以前のことは頭から吹っ飛んでいたから無理もない。
まあ、俺たちも倉田の奴らに電車の中から中指突っ立ててやったのは確かだが。
「お前らをやったのは香西のカイだ!俺たちは関係ねぇだろ!」 バタがあっさりとばらしてくれた。
「そんな奴知らねぇ!あの時、確かにお前らの顔を見てるんだ!」
「眼が合っただけで、いきなり蹴りつけてくるのは卑怯だろうが!」
カイとやりあった人数が4対1だったというのは都合よく忘れているらしい。
「とにかく、場所を他に変えてくれ。この間マッポ(警官)を呼ばれたばっかで、またこれじゃ面倒だ」
かずまはあっさり俺の言葉を了承した。すぐかっとなるが、話ができないほど馬鹿な奴ではない。
「今夜7時。工業団地の西駐車場だ!逃げるなよ!」
かずまは仲間に引き上げの合図をすると、また派手な音をたてて原チャリを走らせて行った。
「カイのやったことだ。あいつを一人で行かせればいい」
渋い顔をするバタに、俺は最上級の笑顔を見せてやった。
「まあそう言うな。カイも俺らの仲間みたいなもんだ。それに、いい計画を思いついた」
かずまの顔を見ているうちに天啓のように閃いたその計画は、俺にしてはまんざらではない名案に思えた。
なんだと聞きたそうなみんなに、思わせぶりに口をつぐんでニタニタしていた。
かずまたちと入れ替わるようにカイが原チャリで姿を見せた。
こっちも派手なマフラー音をたてての登場だったが、それでも一応、校門の外で降りている。
話しを聞いたカイはもちろん、「俺がやる」と言ったが、それは断わった。
俺が自分で倒さない限り、かずまが話に乗ってこないのがわかっていた。