1986春-14
「――歩くか・・・」
中央駅から俺らの地元まで5キロだ。ここからなら4キロ。あちこち痛むが、一時間ぐらいなら歩けない距離ではない。
カイも無言で後からついてきた。
国道やバイパスは奴らがバイクで追ってくる可能性も消えなかったから、暗い脇道を選んで歩き続けた。
「・・・・ごめん。俺が先に手を出したせいだ・・・」
途中の自販機で缶コーヒーを買い、一休みすることにして地面に座り込んだ後、カイがポツリと言った。
「いいさ、どうせ南中とはいつかやりあう運命だったんだ」
大袈裟に言った俺の言葉が可笑しかったのか、カイが呑みかけていたコーヒーにむせて笑い声を立てた。
笑うことに慣れていないのか、カイの笑顔はいつもどこかぎこちなかった。
俺がマルボロを引っ張り出してジッポのライターで火をつけ、美味そうに吸い込むと、カイもポケットからショッポ(ショートホープ)を出して口に咥えた。
「ヒロさん。火、貸して」
俺はまだ右手の掌にジッポを持っていた。
だけど、俺はそれを渡すことは無く、カイもそのまま俺のマルボロの火に自分のショッポを近づけた。
俺は自分の火が燃えたつように軽く息を吸い、カイも唇を動かして吸いこんでいた。
火が移り、カイは顔を離してゆっくりと煙を吐いた。
カイに背中を預けて戦うのは心地良かった。バタとも何度も一緒に戦ったが、カイにはもっと特別な何かがあった。
多分、俺たちの代でカイの強さはNo.1になるだろうという確信があった。
俺はその隣に並んで立ちたかった。
※ ※ ※
【ジャバウォック】の店の前にトラの姿は無かった。
――まさか、捕まったのか!
一瞬冷や汗が出たが、店の扉が開いてバタとダブルが飛び出してきた。
「ほら、無事に帰って来るって言っただろ!」
ダブルが嬉しそうに叫んで俺に飛びついてきた。
「ハガは――」
「さっき着いた。人数集めてる」
「ヒロさんが戻ってきたのを知らせてくる」
俺の後ろから店に入ろうとしているカイを睨みながら、バタは外に出て行った。
「トラは?無事か」
ダブルが笑って、店の隅のテーブルを指さした。
俺の学ランの入った紙箱をしっかりと抱きしめて、トラが泣きべそをかいていた。
「店の外でこいつがその箱抱えて泣いてるから、入れって言ったのになかなかいうことを聞かないで参ったぜ」
玄さんが俺たちにサンドイッチを出してくれながら(どうせ後で請求書がくるが)、ぼやいた。
「トラ、こういう非常時には店に入れよ。ところでお前はどうやって帰ってこれたんだ?」
「こいつ、一時間前にはもうここに着いてたんだってよ!」
みんなの注目を浴びて、トラは止まらない涙と鼻水を啜った。
「――タクシー」
俺たちが苦労して歩いている間に、こいつはタクシーに乗っていたのか。トラは案外大物かもしれないと本気で思った。
「その発想は無かったぜ。お年玉成金は違うな」
ダブルも一瞬呆気に取られたのか大笑いして、「ヒロさんたちは歩いてきたのか」と俺たちを振り返った。
「ああ、バスターミナルは奴らに見張られてたからな」
「中央駅も南中の奴らがうろついててさ。さてここからが問題です。俺とバタはどうやって帰ってきたでしょう」
その得意そうな顔を見れば、察しはついた。
「バイク盗んだのか」
「あ・た・り」
ダブルがにんまりと笑う。
以前、手先の器用なそらが、みんなにバイクをキーなしで動かせる直結のやり方を講習してくれたのが役立ったという訳だ。
「ちゃんと始末つけとけよ」 玄さんが渋い顔をすると、
「ナンバー外して解体屋(ぼっこや)の松爺の所へ持っていけばいい。何でも買ってくれる」
カイがこともなげに言ってサンドイッチに手を伸ばした。
俺も腹ペコだったからサンドイッチにかぶりついたが、カイを玄さんに紹介しておこうと思った。
「玄さん、こいつ香西中のカイって言うんだ。うちの学校じゃないけど、この店使わせてやってくれ」
「お前が承知なら構わないが、上の奴らにも話を通しておけよ」
そう言いながら、玄さんが眉を寄せてカイを見つめた。
「まさか、監物組の甲斐と関係ないだろうな」
監物組の甲斐――どこで聞いたか思い出せないまま、言葉が先に口に出た。「カイの親父だろ、それ」
カイはちらっと俺を見たが、無言でサンドイッチを食べ続けている。
「甲斐にガキがいたのか・・・」
玄さんは珍しく考え込む表情をしたが、戻ってきた仲間が店になだれ込んで来て、そっちを怒鳴りつけるのに大騒ぎになった。
ハガは俺の無事な顔を見た途端に声を上げて泣きだした。
バタ、そら、ケータ、キキ、それから他の3年と2年の仲間が全員顔を揃えていた。戦力外のトラを入れても千種中は18人がせいぜいだ。
南中とやりあうには圧倒的に味方は不利だった。香西中もカイ以外はたいした奴はいないだろう。
春休み中だから、直接学校へ乗り込まれることは無いと思うが油断はできない。
「ヒロさんもどっかでバイク、かっ払えばよかったのに」
走り続けた上にケンカでフクロにされかけ、さらに長い距離を歩いたのでげんなりしている俺に、そらが気の毒そうに声をかけてきた。
「それらしいのが全然見つからなくてさ」
そう答えながら振り返ると、カイは自分のジッポでタバコに火をつけていたが、ふっと目を細めて俺を見返した。
――なんだ、自分のジッポ持ってるじゃないか
俺の胸の内を読んだように、カイが薄っすらと笑った。
カイと二人で歩いたのは、楽しかった。
全身が痛みで呻いて足を引きずりながらだったが、【ジャバ】がもっと遠かったとしても、歩き続けられただろう。