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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第一章 中三-春
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1986春-12

マックでシェイクを飲んで一息入れていると、じきにダブルは戻ってきた。

色んなメーカーのカタログを大量にもらってきて、ほくほくと戦利品を見せびらかす。

「やっぱりね~時代は短ラン・ボンスリだよ」

何の関係もない外人モデルが学ランも着ないで外国のお城の前で立っている表紙があったりして、カタログは訳が分からないほど豪華になっていった。


「トラは?後から店へ行ったはずなんスけど」ちっとも戻ってこないトラを気にしてハガが辺りを見回した。

「えっ?俺は見てないよ」ダブルが首を振る。

【ベンクー】から中央駅まで迷うような道ではない。買うのに手間取っているにしても遅い。

先輩を待たせて悠長にベルトを選んでいる度胸はトラにはないだろう。

嫌な予感が全員の頭をよぎった。


「俺、見てきます」ハガが走り出すと同時に俺たちも立ち上がった。

浮かれていたが、中央駅周辺は南野中の縄張りだ。市内で最も凶悪、凶暴と噂の高い不良(ワル)の巣窟。

毎年卒業式に機動隊が出動し、近在の他中学の授業中に大挙乗り込んで大暴れすると怖れられている、段違いレベルの南野中学。


俺たちの千種も中央駅まで出てくると、時々小競り合いを起こしていたから、バタが今日ついてきたのもそれを心配していたためだ。



一斉に走り出す仲間の後を、俺が一番遅れて追うことになった。学ランの入ったかさばる紙箱が動きを邪魔するが、まさかこれは捨てられない。

【ベンクー】からハガが飛び出してきた。

「店の中にはいない!」

何かあっても、遠くへ行ってはいないはずだ。

今引き返してきた道とは反対の方向へ走りながら、通りの左右にある狭い路地も見逃さないようにトラを探す。


「――いた!」

先頭を走っていたカイが急ブレーキをかけるようにして脇道へ曲がった。

人通りのほとんどない裏路地で地面に座り込んだトラと、その前に立ちはだかっている二人の中学生が見えた。

トラの真新しいズボンを引っ張っているから、ボンタン狩りする気だろう。

泣いているトラは腰が抜けてるようだが、必死に脱がされまいとズボンを抑えているので容赦なく蹴られている。


止める間もなかった。カイの身体が地面を蹴って飛びあがった瞬間には、一人がぶっ飛んで転がった。

残った一人は、駆けつけてくる俺たちを見て顔色を失くすと倒れた奴を見捨てて逃げ出した。


「おら、立て」 カイは乱暴にトラを引き起こして、泥を払ってやっている。

バタが溜息をつき、「だれか、あいつにルールってもんを教えてやれ」とつぶやいた。


不良(ワル)にも一応のルールがある。

「てめぇ、どこのガッコのもんだ」

「あ″そういうてめぇはどこのガッコだ。俺らの学区ででけぇ面すんじゃねぇよ」

「うっせー、やるか、てめぇ」

「おう、かかってこいや」


まあ、実際に手が出る前にこれくらいのやり取りはある。が、カイは問答無用だ。



涙と泥でぐちゃぐちゃの顔のトラは、それでも自分のズボンを死守したようだ。

「ボンタンよこせって・・・南中だって・・・」

周囲の空気がいっぺんに緊迫した。


「やべェ・・・早く行こうぜ」

バタが呻くまでもなく、一刻も早くここを立ち退いた方がいいのはわかっていた。

まだ足ががくがくしているトラを励ましながら、中央駅に向かおうとしたが、既に遅かった。


ドスドスと駆けてくる足音と怒号が、道の向こうから迫ってきた。かなりの人数だというのが耳だけでもわかる。


「逃げたぞー!こっちだ!千種のヒロがいるぞ!!」

足下で気絶していたはずの奴が喚いていた。



息の続く限り逃げるしかない。

ここは南野中の奴らの縄張りだから、土地勘も奴らの方が有利だ。

とにかく紙箱が邪魔をして足を取られるし、トラも死にそうな顔で長くは走れそうもない。


迫ってくる足音がもう背中に届くほどだが、振り返る余裕もなかった。しかも前方にも木刀や鉄パイプを振り回した一群が出現した。

前後から挟み撃ちにあって、飛び込んだ路地は行き止まりだった。



「いいか、別れて飛び出す。後で【ジャバ】で落ち会おう」

それから、学ランの入った紙箱をトラの手に押し付けた。

「お前は奴らの姿が見えなくなってから出ろ。お前なら誰も俺たちの仲間とは思わないからそのまま電車に乗って帰れ」


青ざめたトラの小さな顔は目が飛び出しそうになり、唇が震えて歯が鳴る音がする。

こうなれば、敵より怖いものを見せつけるしかない。

「学ラン落としてでもしてみろ!俺が半殺しにしてやるからな!」 歯を剥いて脅しつけると、

「トラ!男を見せろ!」 ハガが力いっぱいその背中を叩いた。


「ハガは俺と来い!バタはダブルと行け!」

素早く左右を指さして方向を決め、トラの上にその辺にあった段ボールを被せた。近づいてくる足音と怒号がもう一瞬の猶予も許さない。


「――俺はどっちへ行けばいい」 普段と変わらない調子の声でカイが聞いた。

「好きにしろ!」

叫んで飛び出したのと、南中の奴らが路地を覗き込んだのは同時だった。



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