表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第一章 中三-春
12/125

1986春-11

学生服の専門店【ベンクー】のオヤジは俺たちから見ると、カメ仙人じゃないかと思うぐらいの年寄りだった。猿と間違いかねない、シワシワヨボヨボのチビだった。

その見かけに騙されて、店の品を万引きしようとする者がいたら――例え、ボタン一個でも――殺された方がましだと思うくらいの報復の仕打ちが待っているというのが、語り継がれている伝説だった。


売れ筋しか仕入れない他の店に比べて、【ベンクー】の品揃えのラインナップは素晴らしかった。

キラ星のごとき変形学生服メーカーの群れ、ベンクーガ、マックスラガー、ジョニーケイ、キングダッシュ、ジョンカーター・・・

春休みだから中学生だけでなく高校生も混じって、店はなかなか混雑していた。こんな店に来るのは不良寄りの奴が多いが、店の中はオヤジの絶大な力で永世中立国だ。

俺らも無用の争いは避けるべく、悪そうな高校生とは目を合わさないようにする。


標準の学生服は片隅で、店内のほとんどは変形学ランのオンパレードだった。

ダブルはもう目の色が変わったように手当たり次第に品定めを始め、放ったらかしにされた俺たちも適当に漁りはじめる。

今日新しい学ランを上下揃えるのは俺だけだが、裏ボタンやビスボタンのボタン類も豊富に集められているし、ブランドまがいのエナメルベルトや人気のクリームソーダの財布の並ぶ小物のコーナーも目を離せない。


「お~、ビーバップのトオルとヒロシのモデルがある」

ハガの感に堪えないような声が聞こえてきて、俺も慌てて駆けつける。

ちょっと試着してみようかなと手を伸ばした途端に、瞬間移動したかと思うほどの素早さでダブルが飛んできた。

「時代は短ランだよ!ステッチは3ミリ幅じゃなきゃ。上着の裾はスペンサーカットで背中側より前の方が長め。ベルトが見える丈は短すぎだからね。ズボンのワタリは太すぎてもだめだ。ツータック」

「裏地パープル 刺繍」 俺が死守できたのはそれだけで、後はダブルがとっかえひっかえ持ってくるのを試着させられた。


やっとOKがでて、ビッグショルダーの上着の袖丈はぴったりだったから、ズボンの裾上げの寸法だけ計らせるために【ベンクー】のオヤジが巻き尺を持ってきた。

「良く似合うね~こんなに短ランが似合う子はめったにいないよ」

誰にでもいうお世辞だとわかっていても嬉しい俺は単純なんだろう。


「裾上げに一週間かかるから」 そう言いかけるオヤジをダブルが制して、「俺がやってやるからいいんだ。今日、すぐ持って帰る」

信用できないという顔をしているオヤジに自分のズボンの裾をめくって腕前を見せつけてるダブルに、「こんなきれいに裾上げできる子はめったにいないよ!?」今度は本気の褒め言葉が掛けられた。


「トラがやっぱりズボンだけでも買いたいって言ってるから、見てやってくれませんか」

俺の方が一段落したと見たのか、ハガが近づいてきてそう言ったとたんに、ダブルはまた瞬間移動でトラの方へすっ飛んで行った。

「いろいろ見てたら、やっぱりズボンだけでも欲しくなったみたいで」

「金持ってるのか」

「お年玉持ってきてるみたいです」

まあ、これだけの品揃いを見たら欲しくなるのは無理ない。


「良く似合うね~こんなにボンスリが似合う子はめったにいないよ」トラを褒めるオヤジの声が聞こえてきた。


穿いて帰りたいと言うトラのボンスリの裾上げを、ダブルが店のミシンを借りてあっという間に仕上げてしまう。

オヤジが感に堪えない顔でそれを見ていたが、「坊主、うちでバイトしないか」と口説き始めた。



結局バタとハガも小物を買い、ダブルは自分用には何も買わなくてもアドバイス三昧できて大いに満足したらしい。

俺の学ランは上着が刺繍分で少し高くて23000、ズボンが6000で予算内で収まった。

かなえさんに見せるための領収書をもらい、上下を揃えて買った俺の学ランはしっかりした紙箱に入れてくれた。

トラは真新しいボンスリを穿いて、嬉しそうににこにこしているが、家に帰って親をどうごまかすかが問題だろうに。


カイも何か買ったのかと見回すと、ウォレットチェーンをオヤジに支払っている。

「良く似合うね~こんなにチェーンの似合う子はめったにいないよ」


調子のいいオヤジに苦笑いするカイと目があって、二人ともぷはっと噴き出した。



6人揃って【ベンクー】を後にして大通りへ出た時、ダブルが「あっ!」と言って立ち止まった。

「新しいカタログ貰ってくるのを忘れた!」

慌てて店へ引き返していく。

「中央駅前のマックで待ってるぞ!」声をかけてまた歩き出すと、

「僕、やっぱりベルトも買ってきていいですか」

トラもダブルの後を追って走り出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ