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シャングリ=ラ・ら・ら・・・  作者: 春海 玲
第七章 帰郷Ⅰ
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1996梅雨-1

6年ぶりの中央駅だった。

海は遠いのに、東京に慣れた俺には風に湿った潮の匂いを感じた。


駅前はステーションビルと、東京と同じ名のファッションビルが新しくなってそれなりに活気はあったが、渋谷や新宿の賑わいに見慣れた目にはやはり地方都市の寂寞感が映った。

荷物を駅のコインロッカーに放り込むと、歩いて五分の千坂総合病院に向かった。


母さんが入院したとかなえさんが知らせてきたのだ。

俺が【レインボーエステート】を一ヶ月で辞めてしまったのは、高田のおっさんや加納から親父の耳に届いているはずだったが、そのことで誰も何も言ってはこなかった。



靖彦がマカオへ発った翌日、かなえさんから携帯電話に連絡が入って、母さんが入院したからすぐ戻るようにと言ってきた。

俺は携帯を持つようになってからも番号を知らせていなかったが、【レインボーエステート】に就職した時に電話番号を届けたせいだろう。


母さんからは時々ハガキが届いて、顔を見せに帰っておいでと何度も言われていたが、俺は返事も出さず、6年間一度も帰っていなかった。

仕送りの口座から毎月金を引き落としていたから、俺が生きているのはわかっていただろう。


「あんた、このまま志穂さんを死なせたら化けて出るからね」

かなえさんに脅されて、そんなに容体が悪いのかと仕方なく新幹線に乗って東京を発った。



「ヒロちゃん!ヒロちゃん!」

俺に取り縋って泣く母さんは呼吸困難を起こしかけたが、心配したほど危篤状態ではなかった。

いつまでも母さんが手を握って離さないので、仕方なくベッドの脇で座っていると、かなえさんが荷物を抱えて病室に入ってきた。


「やっと帰ってきたのか、親不孝者」

相変わらずのもの言いだったが、かなえさんも見ない間に随分老けていた。病気の母さんの方が、いつまでも年を取らないように奇妙に若々しかった。


母さんが泣き疲れてやっと眠ったので、俺はかなえさんと病院の食堂で遅い昼飯を食べた。

「どうして一度も帰ってこなかったのよ」

「だからってこんなのだまし討ちだろ。母さんはいつもと大して変わらないじゃないか」

「何度か、心臓の発作も起こしてるんだよ。いつ、二度と会えなくなるかわからないんだから、顔見せてやるのが親孝行ってもんだ。どうせ、暇なんだろ」


これでかなえさんも俺が会社を辞めたことを知っているのがわかった。

俺が押し黙っていると、かなえさんが手を伸ばして俺の頭を子供の様に撫でながら、小さく笑った。

「すっかり大きくなったと思ったのに、中身は昔とちっとも変わらないね」

そういうかなえさんは髪に白いものが増えて、一回り小さくなった気がした。

いつも怒られてばかりいたが、俺にとっての母親はかなえさんだったという思いは、母さんには後ろめたかった。


「しばらくこっちに居られるんだろ。志穂さんに毎日顔を見せに来るんだよ」

あ、そうだと思い出したようにバッグから鍵を取り出して俺の前に置いた。

「今、私と志穂さんがいるのは、上町のマンションだから。前の家は女二人じゃ広すぎて不用心だから閉めてある」

「上町にマンション買ったのか」

駅に近い一番地価の高い地区だ。


「あんたのお父さんの持ち物だけどね。びっくりすると思うよ。町中のビルや駐車場がどれだけ首藤組の物か知ったらね」

「バブルで儲けたってヤクザに変わりは無いんだ。せいぜい上納金が増えるだけだろ。それに、どうせショーヤのものになるんだ」


かなえさんの表情を見て口が滑ったと思ったがもう遅かった。

「俺、前の家で寝泊まりするヮ。たぶん、一週間ぐらい居られると思うけど、病院へは毎日顔を出すから・・・」

マンションの鍵を受け取らずに、そのまま病院を出た。


前の家の鍵はキーホルダーに付けたままだった。靖彦のマンションの鍵と一緒に。



※ ※ ※



中央駅に戻って荷物をコインロッカーから取り出し、電車に乗って家まで帰ることにした。


駅の周りにたむろしている中学生を見ると、一瞬どこの学校の生徒か見定めようとする自分に苦笑いがこぼれた。

東京ではめったに見られなくなった詰襟の学生服だが、地方ではまだ生き残っているようだ。

とは言っても、もう俺たちがあれほどこだわった変形の学ランではなく、ほとんどは標準のままの形だ。

それもひどくだらしない着こなしで、上着は全開、ズボンは半ケツが見えそうなほどずり下がっている。

襟まできっちりボタンを留め、シャツはズボンの中に入れてしっかりベルトを締めた。そんな俺らの時代だったら、こいつらは間違いなく変態の部類に入る。


「何じろじろ見てんだよ、おっさん」

下からねめつけてくるのは変わらない。


「ああ、悪かったな」 口元が緩む。

精いっぱい突っ張っているガキが可愛いと思えるほど、俺も年を取ったわけだ。



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