アクアリウムへようこそ
目が覚めると、そこは見知らぬ世界だった。
僕は、死んで異世界に転生したのか?は!ありえないね。じゃあ、ここは天国か地獄か、知らない土地にいるとか。
いろいろ考えていたけど、どうにも思考がまとまらない。
それにしても、ここは空気が冷たくて過ごしやすい。
あれ?俺、空を飛んでる?上は雲一つない青空。下には、砂地や岩山、背の高い植物が見えた。下へ降りて歩こうとしたけど、自分に脚がないのに気がついた。手もなかった。
砂地の上をいくと、後ろからどつかれた。”痛いぞ”って振り返ると、メダカが僕の前にいた。よくみると、岩や植物の間から、たくさんのメダカや小さな魚が、自由に、飛んで、いや、泳いでいる。
パニくって、猛スピードで直進すると、壁に当たった。少しボヤけてるけど見えた俺の姿は、まぎれもなく魚だった。
まじ?これは”異世界転生”というより、輪廻とかの生まれ変わりってやつか?
俺は死んで魚に生まれ変わったんだ。超さえね~。
そういえば、俺ってここで気がつく前に何をしてたのかな・・・
思い出そうとするけど、あまり考えが続かない。しょうがない、魚の頭だし。
水の中の世界で、俺はふらふら泳ぎながら、水草にからまってみたり、岩のくぼみにはまってみたりした。お腹がすくと餌は、一定時間で水に落ちてくるし、少しだけど風ならぬ水流があって、その流れに体をまかせたりした。
どのくらい時間がたったろう。そのうち、飽きて来た。岩陰に入ってじっと考える。
ここに来る前の俺。確かものすごく暑かった記憶がある。イスにすわっていじってたのは、パソコン。
そうだ、しっかり思い出した。俺はいわゆる”引きこもりのニート”って職業(?)だった。日がな一日、ネットサーフィンをして、某巨大掲示板で時間をつぶす。一時、ネトゲにこったけど、その中での人間関係が面倒になり、今は時たまログインするだけ。
俺は、部屋の中の事は思い出した。時折、コンビニに出かけるくらいだ。で、俺って何が原因で死んだんだ?ここ2,3日は外へ出てない。病死?心臓発作とか?
ここは、水槽の中から、ある一面から部屋がおぼろげに見えた。
だれかが水槽に近づいて来た。他の魚たちは、水面に上がり群がってる。
「やあ、新入り君。ここの生活には、もう慣れたかい?ここは楽園だろう?勉強も仕事もしなくていい。食べ物もある。お風呂に入る必要もない。何もしなくても誰にも文句も言われない。それに、君たちを見て、癒される人いる。人助けだ。」
水槽のそばに来た誰かが、話してるんだ。声が頭の中に響いてくる。脳みそがそれで動き出したのか、また、ここにくる直前の事を思い出した。最後に俺はPCで、あるブログを見てたんだ。最初は、2chの都市伝説のヨタ話スレを見てて、ありえねーなんて、笑いなが見てて、そのスレを見つけたんだ。
”このHPにのってる水槽の動画を見ると、魚にされてそこに入れられてしまうそうです。
HPを見た人の何人かが、帰ってきません”
そんなアホな。俺は張り付けてあったURLをクリックして、動画をみてた。別になんでもなかった。魚って涼しそうでいいなって、思ったくらいだ。でも、その話し、本当だった?
「ああ、何か、チマチマ動いてるね。魚になったんで驚いたのかな?でも大丈夫。人間の時の記憶はすぐなくなるから。安心して魚生活を楽しんで」
いやちょっと待って、待って下さい。俺ってやっぱり死んだんですか?と声の主の方へ、勢いよく泳ぎ、壁に激突した。ああ、俺って馬鹿じゃん。水槽なら、ここからは出られないのに。
頭を打ったせいだろうか、俺はしだいに体が動かなってきた。下にもぐれない。とうとう水面に横倒しになって浮んだままになった。空気があるはずなのに息が出来ない。魚だから、あたり前か。
これで死ぬのか?魚に生まれ変わってすぐ又死ぬのか。目の前が白くなっていく。
*** *** *** *** *** *** ***
「正志、正志、ほら、目を開けて」
「おニイちゃん、こんなカッコわるい死に方なら、私まで馬鹿にされるし、はやく起きてよ」
その言葉がきこえて、俺はムっとして目がさめた。
「死んでない。俺、生きてるし。誰がカッコわるいだ!」
と、大声で妹に言い返した。(実際はよわよわしい声だったそうだ)
ベッドから起き上がった途端、おふくろと妹に泣きつかれた。
退院して事情を聞くと(自分の事なのに忘れてるのが、情けない)、俺は夏の暑いなか、閉め切った部屋で、熱中症で死にかけてたそうだ。パンツ一丁の姿で・・・。
俺の部屋のエアコンは中古品だ。それが朝には壊れてたようで、それを知らずPCに没頭してたらしい。
妹が、俺のゲーム攻略本をかりに部屋に来て、倒れてる俺を見つけて、すぐ救急車で運ばれたんだそうだ。それってパンツ一枚の姿だったのかな。かなり重症だったらしく、発見がもう少し遅れたら、助からなかったとか。
無事退院して、俺は今度は、自分の部屋が恐ろしくて、居間で”ひきこもり”していた。
自分の部屋で死にかけたんだ。入るのが恐ろしいんだ。もちろんPCも。いくらなんでも俺、熱中症で倒れるまでなぜ気がつかなかったのだろう?謎は、あのHPにあるかもしれない。
ある時、俺は勇気を出して、最後に見ていたHPを、履歴で探して見た。なんの変哲もないHPだった。小さな水槽の動画が張り付けてある。見覚えがある。この石の下ので隠れていたんだ。泳いで回った水草の林もあった。
うっかり見落とす所だったけど、HPの最後に、すごく小さな字で、
”生きるのに飽きた方、人生をやめたくなった方、是非、この水槽にいらしてください”
ぞっとした。魚になった時、話しかけてきた声を思い出した。血の気がうせて、目の前が暗くなった。机で倒れそうになる一歩前で、ちょうど入ってきた母ちゃんに、俺は寝かされた。
「まだ体が本当じゃないんだから、ベッドでねてなないとダメだよ。」
あれは、何かの書き間違いだ。きっと”見にいらしてください”って、書くつもりだったんだ。
誤字だ。
数日後、そのHPは、消えていた。都市伝説スレでは、みたことあるスレと、前のと違うURLをみつけたけれど、クリックする勇気は俺にはなかった。
一話で終わる短編を、水曜日深夜(木曜日午前1時)に投稿しています。