第壱夜
この話は完全なフィクションであり、実車による走行時は、交通法規を尊守し、安全な運転を心がけましょう。
8月9日――
俺は、一人の人間に買われた。
俺には片目が無い。故に、人間は俺を奇異、或いは同情の目で見ていた。
それがどうした、別に気にする事ではないし、興味も無い。静かに一生を過ごせるなら本望だ。
だが、人生・・・いや、この場合
「ネコ生」か?まぁ、そんなことはどうでもいい。
この、なんとも物好きな人間が俺の楽天の日々をぶち壊したことこそが、全ての真実。
「ありがとうございました〜」
いつも聞いてる店員の声が耳に届いた。
あぁ・・・何時の間にか人間の腕に抱かれている。
まったく、なんてこった・・・。
てなことで、俺は今、和室で人間と向かい合っている。
店から、ここまでの道中は、あまりの憂鬱さに覚えていない。
「う〜ん・・・」
人間は、俺を見て首を捻っている。
今度はなんだよ?
俺はとりあえず、待った。
しばらく断続的に続いた呻り声が止まった。
お?
「よし!!」
なんと!!!
人間のいきなりの声に、俺の心臓は口から飛び出そうになった。まぁ、あくまで喩えだが・・・。
「お前の名前は、『ジン』だ!!よろしくな、ジン!!」
人間は満足そうな顔で俺の頭をワシワシと撫でた。
くっ・・・どうせ撫でるなら、喉にしてくれ。そっちのほうが、数倍嬉しい。
まぁ、人間に俺の気持ちが解るはずもないがな。
「よし、ジン!行くか!」
なに?今度はどこに連れて行くんだ?いや、首の皮を掴むな。ネコの飼い方、予習しとけ!
俺は、人間の車に放り込まれた。
目的地に向かう車中、人間は俺に簡単な自己紹介をした。
「俺はなぁ、首都高で走り屋やってるんだ」
ハシリヤ??聞いた事ない仕事だ。
「俺たち走り屋は、走る事でしか己の価値を見出せない愚か者、つまりアホなんだ」
なるほど、走り屋ってのは、こいつみたいなアホな人間なんだな。
「きょうから、ジンも俺たち、『NIGHT SPEED』の一員、って言うより、マスコットキャラだな」
人間はまた、俺の頭をワシワシと撫でた。
待て、俺はお前らみたいなアホの仲間になりたくない。
「俺とこのR34スカイラインGT-Rがお前に、スピードの向こう側を見せてやるよ!!」
人間はニヤリと笑い、ペダルみたいなやつを床まで踏み込んだ。
おい、ヤメロ、どんどん速くなってるぞ、頼む!止めてくれーーー!!
こうして、俺の意識はお花畑をランデブーしながら、ブラックアウトした。