異世界召喚された後に元の世界に戻ったら逆ハーレムになってしまったデブでブサイクなOLの話
――――――どうして私ばかり嫌な目に遭うんだろう。
会社の給湯室でお茶の用意をしていると、急に背中を突き飛ばされる。その勢いで湯呑を洗面台へ派手にぶちまけてしまった。
「あらー?ごめんなさいねぇ。アナタってばデカいから、流石に細い私でも通れなかったわぁ」
クスクスと笑いながら去っていく事務の女性スタッフ。この仕打ちにはいつも慣れていた。
早川 早苗、24歳。
私の容姿を説明するとすれば、運動不足で肥えた身体が真っ先に挙げられる。
もちろん運動不足なので新陳代謝は最悪で、そのせいで髪はパサつき顔は肌荒れ状態。常に冷え性に悩むし、朝起きれば必ず顔がむくむ。ハッキリ言って美人という対義語に位置する存在であることは私自身が自覚していたし、人に不快感を与える容姿だというのも自覚していた。
そもそも大学卒業後に、この会社に入ったのが私の運の尽きだった。
その当時は運良く大手の企業に内定したんだと喜んでいた。なぜなら自分のやりたい仕事である上に、大手企業というだけあって給料も良いしボーナスだってある。更にその会社の職場は美形が多いことで有名で、某雑誌にも特集を組まれたというほど有名だったのだ。
とはいえ、私の容姿は私自身が一番自覚しているのでイケメン相手に何かしようなんて考えはない。
遠くから眺めて目の保養にしようと喜んでいただけである。
入社して間もなくは右も左も分からない新人だったが、要領が悪いなりに必死になって何とか仕事を覚えてこなせるようになった頃、女の子の仲良しグループは大体出来上がっていた。
そして仕事を覚えることに必死だった私は取り残され、どこにも所属していないブサイクが取り残されてしまった。そしてそれは居るだけで格好のいじめ相手だったという訳だ。
といってもきっかけはあった。
イケメンの5歳年上の上司、一ノ瀬 隼人主任に頼まれていたリサーチ書を提出したところ見やすいと褒められ、とある仕事を任せられるようになった。
一ノ瀬主任は身長180cmの長身で女性のような綺麗な顔立ちをしており、儚い色気のある男性だ。
「これからも期待していますよ」なんてハスキーな低音ヴォイスと甘いマスクで言われ、うっとりしてしまったのを女性陣が見逃すはずもなかった。
親しげにお話ししたという事で、私と同期で入社した姫川可憐というモデルのような容姿とスタイルを持つ綺麗系の女性に給湯室に呼び出され
「一ノ瀬さんに媚を売るな」だとか「調子に乗るな」とさんざん罵倒され、お茶を掛けられた。
そしてあれよあれよという間に女性特有のネットワークが駆使され、その日を境にこうした嫌がらせをされるようになった。
特にリーダー格であった姫川さんはイケメンの男性の前だと露骨に態度を変えるが、私の前だと本性が現れる。私と違って要領が良いので、男性に本性がバレないように切り替えをしているらしく、男性社員の受けはかなり良かった。
そして私が何も言い返せない事を良いことに、嫌がらせは段々とエスカレートしていく一方であった。
しかも取り巻きも居るので、連携されて嫌がらせをうけることもある。
今回は姫川さんだけだったので運が良かった。それに湯呑が割れた訳でもないのでリカバリーは簡単だ。
私は手早く準備を済ませて上司達のお茶を運んだ。
そして給湯室から出た瞬間、何かが足に引っかかり私は盛大に転んだ。盆の上に乗っていた湯呑は地面に打ち付けられ盛大な音を立てて割れる。
あたりを見回すと姫川さんと取り巻きの何人かが私を見て嗤っていた。
「あら~?お茶汲みも満足に出来ないなんて、どんくさいわね~。
“何もないところで勝手に転ぶ”のはどうかと思いますわよ?」
そう言って取り巻きをつれて帰って行った。視界が涙で一杯になる。
悔しさと言い返せない憤りで胸が張り裂けそうになるが、それ以上に悲しみで何もかもが嫌になった。
どうして私だけこんな目に遭うのだろうか。そんな思いが込み上げてきて更に打ちひしがれる。周りに彼女の取り巻き以外の女性も居たが、標的になるのを恐れて私を遠巻きに見ているだけ。誰も助けてなんてくれない。追い打ちをかけるような出来事を背に、私は一人で割れた陶器の破片の掃除を始める。
「早苗さん!どうしたんですか!」
突然、後ろから声を掛けられる。涙を拭いて後ろを振り向くと、私と同期の神宮寺 達哉さんが駆け寄ってきた。
神宮寺さんは一ノ瀬主任とはまた違ったイケメンで、元気な子犬を連想させる人懐っこく愛らしい笑顔が魅力のさわやか系のイケメンだ。一ノ瀬主任といい、神宮寺さんといい、男性とお話する経験があまりなかった私が相手をするにはレベルが高い。イケメンならなおさらハードルが上がる。それにいつも神宮寺さんは下の名前で私を呼ぶから呼ばれる度にドキドキする。
私はびっくりして気が動転してしまい、早く片付けようと素手で破片に触ろうとした。
「うわっ!素手で触っちゃだめですよ!ほら、僕も手伝いますから、って泣いてるんですか!大丈夫ですか!」
「え、あっ!す、すみません、ちょっと気が動転していて………」
急に大声を出されて涙も引っ込んだが、あまり注目を集めたくはない。気が動転して素手で片付けようとしていたが、箒を持ってきたほうが早く片付きそうだ。
「今、箒とちりとり持ってくるから待ってて下さい!」
神宮寺さんは私と違い、端からそのつもりだったようで言うが早いか、給湯室にしまってあったちりとりと箒を持ってきて破片を片付けてしまった。
「ふう、これで良しと………ところで早苗さん、ちょっと話をしようか」
そう言って神宮寺さんは、給湯室に私を引っ張った。急に引っ張られてびっくりしたが、恐らく涙の理由について聞き出そうとしているに違いない。私は聞かれてもはぐらかそうと心に決めた。
「言わなくても何を聞こうと思っているか分かってると思うけど、何で泣いてたの?」
案の定、そのことについて聞いてきた。だから私は
「ちょっと転んで湯呑を壊しちゃって………それでどうしようって思ってたら、何か涙が出てきちゃったの」
ちょっと無理がある言い訳だが、言わないよりもマシな気がする。
「うーん………ちょっとその言い訳が無理があるんじゃないかなー?本当の事話してみてくれない?僕ら同期な訳だし、困ったことがあったら助けあうのが一番なんだと思うんだよね……… 」
最後に小さすぎて聞き取れなかった言葉があったが、とにかく苦しい言い訳が通るほど彼は甘くはなかったみたいだ。神宮寺さんの優しさに私の意思がぐらつく。
だけど同じ同期の姫川さんに虐められてるなんて言ったら、きっと彼は直接姫川さんに話を持って行くに違いない。
しかも神宮寺さんは一ノ瀬主任とはまた違ったタイプのイケメンだし、イケメンに対して色々な人に貪欲にアピールしている姫川さんは主任の時と同じようにまた怒り出すに違いない。私は覚悟を決めた。
「うん、大丈夫。私が不注意で割っちゃっただけだから、何も無いよ。心配してくれてありがとうね。神宮寺さん」
私の意思が固いことを悟った神宮寺さんはため息をつきながら
「本当に大丈夫?困ったことがあったらいつでも僕を頼っていいんだからね?」
という優しい言葉を掛けて仕事に戻っていった。
私はというと、湯呑を割ってしまったので再び給湯室でお茶を沸かす作業に取り掛かる。お茶を入れるのに何分待たす気だと事情を知らない人から見ればそのように思われるだろうなぁと思うとひたすら憂鬱になった。
「はぁ~………なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろうなぁ」
今日一日でどれだけため息を吐いたのかカウントをしようかなぁと思った時、突然、五芒星らしき文様が光り輝きながら私の足元に現れた。
「え、ちょっと、何なのよこれ!」
明らかな異常事態に焦って私はバランスを崩して倒れてしまう。
「え、あ、きゃあ!」
そしてバランスを崩した先に待ち構えているはずの衝撃が無く、私はそのまま不思議な文様の中に吸い込まれてしまった。
――――――――――
「ふざけるな!
勇者を召喚せよと言ったのに、どうしてこのような者が現れたのだ!」
「ラナス近衛長、落ち着いてください!」
大きな声を上げられ、びっくりした拍子に意識が覚醒する。辺りを見回すと、何十人もの人だかりが私を取り囲んでいた。周りを見渡せば見たこともない石造りの建物の部屋に私は居るようだ。そして周りを取り囲んでいる人々は顔立ちを見るに到底日本人とは思えないような特徴をしている。どちらかといえば西洋人に近い顔立ちだ。だが、西洋人だとして、何で私にも彼らが言ってる言葉が通じるのだろうか。口の動きを見るに、日本語を発音している訳ではないようだ。どちらかと言えば勝手に脳が理解している、という不思議な現象を体験しているような気がする。
「おっと、異世界人が起きたようですぞ」
私が周りを観察していると、白髪でローブを着た初老の男性が私に気づいて言った。
その一言で一斉に私に視線が向かった。剣呑な視線が多い上に敵意まで感じて私はすくみ上がる。その様子を見た鎧の目つきの悪い大男は吐き捨てるようにこう言った。
「ふん、こいつが勇者などとは思えんな。このような醜いブタが召喚されるとは、筆頭魔術師殿も地に落ちたものですなぁ」
蔑んだような目で私を睨みつける鎧の男。それに対して豪華そうなローブを着た線の細い美形の男が反論した。
「この召喚陣は私の魔術の全てを使って練り上げた異世界召喚陣です!彼女は我々が望んだ人材で間違いありません!」
そういう青年の言葉を鎧の大男は吐き捨てるように言い返す。
「ふざけるな!そこまで言うのであれば能力読みの水晶を持って来い!これで全てが分かるはずだ!」
そう言って部下らしき男に何かを運ばせるように指示を出す。暫くすると人の顔くらいの大きな水晶を持ってきた。それを鎧の大男は私に向かって掲げる。
水晶は淡い光を放ちながらほんの微かに白光し、すぐに消えた。
それを見た鎧の大男はそれ見たことかと言わんばかりの蔑んだ表情で私を睨みつける。
「は!何の能力も持たない白か!しかも勇者どころか力も魔力も一般人以下の存在ではないか!これで偽物と判明したな。
大方、金に困った娘を買収して訳の分からん服を着せてお前が転移させたんだろうよ。それをさも予言の書の関係者だと大層な口をききおって………王が定めた勇者召喚の期限に間に合わなかったと素直に言えば追放で済んだものを、このようなデタラメで大事にしたとあらば打首も視野に入れなければならんだろうな」
「いいえ、それは間違っています!水晶だけが能力を語る全てではありません!」
「ええい!見苦しいぞ!ヤコブ筆頭魔術師!言い訳は沢山だ!」
鎧の男とローブの美形が言い争っているが、その原因はきっと私なのだろう。と言っても私に出来ることは何もない。というか、短時間に色々な事がありすぎて大事な置いてけぼりになっている。どうして私がここに居るんだろうとか、ここはどこなんだろうか、ということである。
とは言っても、どうしてここに居るか、というのはさっきの会話を聞いて推測することは出来る。
“異世界召喚”だとか“勇者”だとかそういった単語が聞こえてきた。
信じるられるかどうかという常識を除外するとすれば、ヤコブ筆頭魔術師とかいう美形が勇者召喚を行って出てきたのは私である、という風に考えられるのではないだろうか。
それで出てきたのがデブでブサイクな私だったものだから、そこの鎧のデリカシーが無い大男が訝しがって魔術師に難癖をつけているのだろう。
とはいえ、この美形の魔術師が言っている言葉を聞くに、あながちあの大男が言ったデタラメという言葉は的を射ているのかもしれない。だって、どう考えても私が召喚されるような存在などではないからだ。事故で誤って悲劇が起きたと考える方が妥当である。
そんな事を思っていると、鎧の大男は私に向かって吐き捨てるようにこう言った。
「ふん、キサマのような下賤の輩が私や王を欺こうとはな………ヤコブ筆頭魔術師殿もろとも打首だな」
「え………?」
そう言って話は決まったとばかりに周りに居る男達に指示を出す。男たちは私の手首を捻り上げた。
「痛い!」
「おい、何をするんだ!やめろ!彼女に手荒な真似をするな!」
美形の青年が叫ぶが、彼も私と同じように捕らえられてしまった。
「さぁ、この罪人どもを牢に連れて行け!いずれ打首にしてくれるわ!」
そう言って鎧の大男が去り、私たちは牢屋に入れられた。
――――――――――
色々な事がありすぎて頭が追いつかない。
気が付くと私は牢の中に居た。
「………一体何が起きたのかしら」
呟きが虚しく牢の中に木霊した。あまりに現実味の無い出来事ばかりが起きていて、自分の身に実際に起きたことであるという現実感が無かった。
そのせいかあまり恐怖を感じない。しかし、一旦その現実味を理解してしまった時には、私の精神が持たないだろう。非現実的なことばかり起きたのでまるで夢のなかに居るような感じがするが、打首とか言っていたしその現実味を理解してしまったら私は恐怖で何も考えられなくなってしまう。
そう考えるともしかして現実を捉えられないという今の私の状態は、身体が自分を守るための自己防衛機能を働かしているせいなのかもしれない。
そんな益もない現実逃避をしていると、さきほどの呟きが聞こえたのか、同じく牢に入れられた美形の青年が私に話しかけてきた。
「………こんな目に合わせてしまってすまない。全て私の責任だ」
そう言って目を伏せる。そんな姿まで絵になるなんてイケメンは何て罪作りなんだろう、と現実逃避をしながら、現実に向き合うことにした。
「色々ありすぎて何から聞いたほうがいいのか分かりませんが、幾つか………いえ、沢山質問があります。私の名前は早川 早苗と言います。
そして取り急ぎ聞きたいことは、まず一つは私は何故ここにいるのか、ふたつ目はここはどこなのか、3つ目は私達の身に現在どのような厄介事が降りかかっているのか、という事です」
色々聞きたいことがあるが、取り急ぎこの3点は聞いておきたいところだ。それに質問の内容はこれから聞き出す3点の結果次第で変わることもあるだろうし。
「ハヤカワさんね………うん、君には知る権利があるから何でも答えさせてもらうよ。まず私の名前はヤコブ・アルファードという。この城で筆頭魔術師をやっている………いや、やっていたというのが正しいかな」
ヤコブさんは自虐に満ちた表情を浮かべる。
「おっと、話が逸れたが君の質問に答えさせてもらおう。
まず第一に、何故ハヤカワさんがここに居るのかというと、一言で言えば私が召喚したからだ。
そして何故召喚したのかという説明をする前に、この世界の事について話をさせてもらう。
この世界は人間という種族と魔族という2種族が居てね。両者は古来より互いを滅ぼそうといつも戦争ばかりしている。昔は戦力が拮抗していたんだが最近になって魔族に魔王という魔族を率いる上位種が現れて、その影響で人間が圧倒的に不利な立場になったんだ。幾つもの村や街が滅ぼされ、残ったのはこの辺一帯の土地だけ。人類は最早後なんて残されていない状況だ」
絶望的な状況であることは間違いないようだ。そして危険地帯であるということも分かる。
「次に、ここはどこかって質問なんだけど、ここは人類最後の地「アストリア」。ウォルフ大陸の3ある地域の一つで、2つは既に魔族の手に落ちている。ここが落ちた時、人類は終わるだろうね。
最後にどんな厄介事が降りかかっているかというと、これにはまず説明がいるだろう」
そう言うと、ヤコブさんは意を決したかのように話し始めた。
「これは最初に答えようと思っていた答えの補足になるんだが、まず予言の書というのがあって、この書物には未来が記されてると言われている。
その予言の書には勇者が召喚され魔王を倒す、というような記述がされていてね。もちろん迷信の類だという認識をされていたんだけど戦局が大幅に傾き、どんな軍勢を差し向けても負ける一方で打つ手がなくなった我々人類は、最後に藁にもすがる思いで勇者召喚を行ったという訳さ。
とはいえ実際に昔は勇者が召喚されていたという別の記録も城に残っていて、その文献には勇者はいくつかの特殊能力を駆使して敵を打ち倒したという話だよ。そして現れたのが君だったという訳さ」
話を最後まで聞いたが、ヤコブさんの言うことを自分自身、全て理解出来たとは思えなかった。何故なら非現実的すぎるからだ。ファンタジーやメルヘンではあるまいし、こんな事を話されて理解できる訳がなかった。未だに今こうして地に足をつけているという感覚ですら錯覚なのでないかと疑っている。
ただし、錯覚にしては地下牢の空気や地面が嫌にリアルに冷たく感じる上に、囲まれている鉄格子はびくともしない。私は本能で夢だと思って適当な行動をすると痛い目を見ると感じた。
「正直、短期間の間に様々な出来事が私の身に起こりすぎて私自身一杯一杯な状況です。そんな状況でさきほどヤコブさんが話しくれたことを理解出来たとは思えません。しかし一つ疑問に思ったことがあります。勇者召喚と言っておりましたが、何故私が召喚されたのでしょうか?私は何の力も無い一般市民です。ヤコブさんは予言の書に関係あるものが召喚されたと言っておりましたが、私には到底そうは思えません。事故で誤って私が召喚されてしまった、と言ったほうがむしろ理解できます」
そう言う私の表情を見て、ヤコブさんはいいえと答えた。
「自分で言うのも何ですが、これでも筆頭魔術師をやらせてもらってます。文献にある通りの術式と私のオリジナルの術式を加えた召喚陣に隙はありません。それを裏付けるかのようにアナタが召喚された瞬間に膨大な神気を感じました。多忙な王に代わって召喚の立会をしたラナス近衛長は、あなたの魔力を測りましたが、アレで測れる能力では無い力が貴女に備わっていると私は考えております。
とはいえ………今のこの状況ではラナス近衛長が言ったように近いうちに二人揃って打ち首になってしまうかもしれませんが」
最期の〆のように言われた台詞にゾッとした。牢の中は先ほどの言葉のような冷たさで突き刺さるような痛みを感じる。段々と現実味が出てきたように思えてきた。
「そ、そんな………そんな事って………」
ぺたんと座り込んで茫然自失となる。何で私ばかりこんな目に遭うんだろう。
「………謝って済む問題ではありませんが、僕が予言の書に記載されていた勇者召喚なんてしたばかりにこんな目に遭わせてしまった………ハヤカワさん、本当に申し訳ありません」
そう言って頭を垂れる。私は絶望で目の前が真っ暗になった。
―――――――――――
「おい、起きろ!王がお待ちだ!」
突然の大声で意識が無理やり覚醒させられる。昨日の青年の告白で目の前が真っ暗になった後、いつの間にか私は眠っていたようだ。
「ほら!さっさと起きろ!王がお待ちだと言っているだろうが!」
昨日のように再び腕を捻り上げられ堪らず悲鳴を上げる。その声を聞いて青年も私に駆け寄ろうとするも、近くの兵士に羽交い締めにされた。
「彼女に手荒な真似をするんじゃない!」
「ふん、そうなるかどうかは今後の貴様らの態度次第だ。面倒事はコリゴリなんでな。さっさと連行しろ」
私たちは無理やり王の間という場所に連れ去られた。
謁見の間という所で待ち構えていた王はこのような事を私たちに言った。
異世界から召喚された私の処遇については、魔王討伐の旅に出ることによって正しさの是非を問うとの事だった。簡単に言うと美形の青年であるヤコブ筆頭魔術師の監視のもと、私が魔王討伐の旅に出るということである。つまり、勇者であるならば魔王を討伐しろという事だ。もし勇者でないのであれば、いずれ魔物によってその罪は裁かれるであろうとの事。体のいい厄介払いという訳だ。
私たちはあっという間に街の外へ叩きだされた。戻ろうにも門番は頑なとして街へ入れようとはしない。
ロクな装備も無いまま放り出された状況に唖然としたヤコブさんは顔面が真っ青になりながらただただ呆然としている。その様子を見て逆に私は目が覚めるような感覚をおぼえた。
「ヤコブさん……このまま何もしないで居ても何も解決しません。何か………有効な手を考えなければならないのではないでしょうか」
はっとした表情でこちらを見つめるヤコブさん。その表情に生気が蘇り、何かを決意したような表情を見せる。
「そう………ですね。このままここにいても何も始まりません。この近くに旅人が使う野営地のような所があります。そこに行きましょう」
言われるがまま、私は彼の後をついて行った。
そこは少し開けたような場所で焚き火をしたような後と丁度座りやすい石があった。そこに腰を降ろして、ヤコブは焚き火を用意し火を付ける。
「さて、こんな事になっちゃったけど、これからどうしようか」
そんな話を切り出すヤコブさんだが、私の目的はもう既に決まっていた。
「私は………元の世界に帰りたいです。」
「それは……本当に申し訳ありません。頼りないばかりにこんな事になってしまって………」
「………やはり無理なんですね」
未だに現実であると理解出来ていないが、これは夢ではないという保証も無い。とはいえ、帰れないと聞いて楽観視出来る性格ではない。
「………いえ、もしかしたら、可能かもしれません」
「えっ!私、日本に帰れるの?なら、今すぐ帰りたいんだけど」
私の言葉を聞くと苦しそうな表情になりながらヤコブさんは説明する。
「………それは一筋縄ではいかないでしょう。私の記憶が確かなら、予言の書に記載されていた内容に勇者の帰還という項目がありました。その項目には勇者が魔王を倒し現世へと帰還したと記載されてました。もし貴女が予言の書に記載されていた勇者であるならば、魔王を倒さねば元の世界には帰れないでしょう」
「そんな………私にそんな力は―――」
「危ない!」
突然、ヤコブさんが私を抱えて地面に身を投げ出した。すると丁度私が立っていた辺りをナニかが飛び掛かった。
「いたい!」
「さぁ、立って!」
乱暴に私の手をヤコブさんが掴んで無理やり立たせる。文句を言おうとして前を向くと血塗れの狼のようなモノがそこにいた。
「ひっ!………むぐぅっ!」
「下がって!ここは僕がなんとかするよ!」
悲鳴をあげようとする私の口を手で塞ぎ、ヤコブさんの背中に守られるような位置に誘導された。
「ヤツはワーウルフという魔物で下手に注目を集めると狙われるぞ。悲鳴なんて上げたらそれこそ大変だ」
そう言ってヤコブさんは聞き慣れないような言葉を紡ぐ。
「عَفْوٌ」
言葉を紡いだヤコブさんの手から炎が飛び出てワーウルフに巻き付いた。暴れるワーウルフは炎を消そうと藻掻くが火は一向に消えない。そうこうしている内に力を失ったワーウルフは地に倒れ伏した。
「………ふぅ、危なかった。大丈夫?」
ヤコブさんが私に話しかけるが、それどころではない。肉の焦げ付く臭いと間近に迫った死の恐怖によって、今ここに居る私は夢ではなく現実にいると真に理解してしまったのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!私を家に帰してぇぇぇぇぇぇ!」
「ハヤカワさん!」
恐怖でどうにかなりそうになって、恐慌状態になった。
ヤコブさんは突然、恐怖に身を縮こませた私を抱きしめた。
「すまない………本当にすまない。今の僕じゃこうすることしか出来ない」
「………ヤコブさん」
ヤコブさんに抱きしめられていると彼のぬくもりが伝わってきた。そのぬくもりは不思議と私に安心感を呼び覚まし、不安で一杯だった心が満たされるような感覚を覚えた。
そしてどのくらい時間が立っただろうか。未だに優しく抱きしめてくれているヤコブさんの肩に手を置く。ヤコブさんはハッとしたように顔を向けて私に向かって話しかけてきた。
「落ち着いたかい?」
「えぇ………なんとか………ごめんなさい、取り乱しなんかして」
「いや、無理も無い。予言の書には勇者は魔族の居ない世界から来たと書いてあった。こんな危険な者達を知らないのであれば、驚いて取り乱しても不思議じゃないし。こうなった以上、僕は君のことを守ると誓うよ。何があったとしてもね」
そう言って私の顔色を伺うように顔を近づけてきた。そこで私とヤコブさんの距離が物理的に近いことに今更ながら気がついた。
ヤコブさんの西洋風でイケメンな顔立ちがドアップで私の顔を眺めている。こんな状況を自覚した私はヤコブさんを突き飛ばすような勢いで離れる。
「はわわわわわ!」
「うおっ、と………だ、大丈夫かい?」
「だ、だ、だ、だ、大丈夫です~!」
顔が真っ赤になっていることを自覚しながら慌てていると、視界の隅に先ほどの狼が見えた。
どうやらまだ息をしているらしく身体が上下している。
「あ………まだ生きてる」
「なんだって!」
バッと後ろを振り向いて戦闘態勢を取るヤコブさん。それを身体を横たえながら目だけで視線を向ける狼。しかし、視線を向けるだけで既に何かをしようとする体力はないのだろう。
その時、急に私の心臓が早鐘を打ち、身体がまるで操られているかのように狼の方へ勝手に進んでいった。
「危ない!」
ヤコブさんの静止を振りきって、私は狼の身体に触れる。
狼に触れた瞬間、その身体が虹色に輝き狼の身体から黒い邪悪な存在が抜けていくように感じた。
暫く触れているとその気配がなくなり、気が付くと触れていた狼が銀色に輝き始めた。
「え………何が起こっているの?」
銀色に輝いた狼は、理知的な目を湛えながら私の手をぺろりと舐めた。
「きゃっ!くすぐったい!」
「こ、これは………もしかして」
ヤコブさんは驚きを隠せないかのように一気にまくし立てた。
「これは伝説の巫女の力なのかもしれない!はるか昔、全ての生き物を従えた巫女が居たと古文書で見かけたことがあるが、君はその能力を持っているのかもしれない。その力は生きとし生けるものを癒し、世に生まれる全てを慈しんだという神聖な魔法だ。これで予言書の信憑性が高まり、君が元の世界に帰れる見込みも高まったという訳だ!」
ヤコブさんは狼を押しのけて私に抱きついてきた。押しのけられた狼は嫌そうな顔をしてヤコブさんに唸る。
「ちょ、ちょっと!急に抱きつかないで!………あっ!」
不思議な力を使った反動のせいか、私は気を失った。
―――――――
その後、街の宿で目が覚めた私は、ヤコブさんと助けた狼さんと一緒に魔王を倒す旅に出ることになった。
なぜ狼さんも一緒なのかというと、連れていけないと何度も言っても言葉が通じないせいかずっとついてきたからだ。仕方がないので一緒に連れて行く事になったのだ。そして連れて行くにあたって名前が無いのは不便だということで、ルー・ガルーという名前をヤコブさんがつけた。少し長いのでガルーと呼ぶことにした。
旅を初めて1日、2日と経つうちに例え元の世界に戻ってもクビだろうなぁと思うと不安で押しつぶされそうになるが、やはり私は元の世界に帰りたいという思いは変わらなかった。
旅の道中は快適な旅とはいえず苦労の連続だった。
ある時は魔族に怯えながら野営し、またある時は盗賊という同じ人間に襲われることもあった。
襲われる度に、ガルーとヤコブさんが追い払った。
私はというと、この能力をもっと育てられないかと思って色々試した。
その結果、傷ついた人を癒やす力を手に入れ、更には毒を中和する力や、生きる気力を失った人に再び生きる力を呼び戻す力などを手に入れることが出来た。
更に変わったことがあると言えば、いつも不健康な生活をしていた私であったが、この旅を続けたことによって体つきが変わった。
一言で言うと痩せたのだ。
そんな様子を見てはヤコブさんは
「ここが魔族の支配する土地で人族が居なくて正解だ。君は美しすぎる」
といって冗談を言うようになった。だけど、私がブスなのは紛れようもない事実だし、ヤコブさん以外に人間の美的感覚を持つ人は居ないのだから確認のしようが無い。
そうして旅に出て1年が経とうとした頃、私たちはとうとう魔王城にたどり着いた。
そして立ちふさがる魔族を倒し、城の中央にまで進むと魔王と呼ばれる魔族が現れた。魔王はスラリとした長身の色白い男性の姿をしていた。鋭利な刃物を連想させるような切れ長の目に美しい長い銀髪を持った人形のように美しい男だった。
魔王は何事かを紡ぐと剣が目の前に現れた。魔王はそれを取って剣士のような構えでヤコブさんに斬りかかった。
ヤコブさんはすんでの所で身をかわし、魔王との戦いの火蓋は切っておとされた。
ガルーが魔王を翻弄し、ヤコブさんが魔術で攻撃、私は癒しの力で二人を癒やした。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
とうとう魔王を打ち倒すことに成功した。ガルーの攻撃で意表を突かれた魔王は、ヤコブさんが放った氷の槍を躱せず魔王は倒れ伏した。そして、焦点が合わない虚ろな目で私の姿を見ると驚いたような表情で
「ア、アナスタシア………生まれ………変わっていたのか………我が………愛しき………姫」
そう言って力尽きた魔王の身体は崩れ落ちて光の粒子になって消え、後に残されたのは不思議な水晶だった。
そしてその水晶を見た瞬間、私の不思議な力が発動した。
水晶は空中に浮きながら虹色の光を放ち、辺りを照らし出した。光の奔流とも言えるべき圧倒的な光景が目の前に広がり、気づいた時には目の前にゲートのようなモノが現れていた。
私はそれが何なのかを不思議な力に教えられた。
この門をくぐれば元の世界に帰れる―――しかも召喚された時間に戻れると。とうとう旅の目的が達成されたのだ。私はヤコブに向かって微笑んだ。
「本当に今までありがとう。長い長い旅だったけれども、これでようやく旅の終着点を迎えることが出来たみたいだわ」
私の言葉を聞いて頭の良いヤコブさんは全てを悟ったのだろう。
魔王を倒し旅の目的が達成されたこと。
目の前のゲートが私の世界につながっていること。もう二度と会えないであろうということ。理知的な彼なら一瞬で理解することが出来ただろう。
「………行かないでくれ。僕は………君の事を愛しているんだ」
突然、何を言い出すのだろう。私は顔が赤くなるのを自覚した。
「と、突然何を言うのかしら!びっくりするじゃない!
それに、これでもう帰れるの!あなたは今まで私を召喚した罪の意識で私を守ろうとしてくれたみたいだけど、それももう終わったのよ!心配しないで」
「そうじゃない!そうじゃないんだ!
最初は確かにそうだったかもしれない。でも、旅を続けている内に君の本当の魅力に気がついたんだ。優しく慈愛に満ちた気高く高潔な魂を持った君にね。いつの間にか僕は君の魅力で雁字搦めになっていたんだ………だから………行かないでくれ!僕を、残していかないで………」
「ヤコブさん………」
悲しみに彩られた彼の目を見ると決心がぐらつく。
思えば色々なことがあった。
確かにヤコブさんは素敵な男性だし、彼と一緒なら幸せになれるだろう。
だけどここは私が居た世界ではないのだ。異分子である私がこの世界に居てはいけないと私の不思議な力も囁いている。
私は元の世界に帰らなければならないのだ。
「ごめんね。ヤコブさん………私の力が………ここに留まってはいけないと囁いているの。私、ヤコブさんの事、絶対に忘れない!」
そう言って私は全ての未練を断ち切るようにゲートに向かって走りだす。一瞬、ヤコブさんの伸ばされた手に捕まりそうになったが、無事にゲートに飛び込むことに成功した。
「行くな!行かないでくれ!頼む」
「ごめんなさい、ヤコブさん。私は元の世界に帰るわ」
ゲートに飛び込むと、徐々に世界から切り離されていくような感覚に包まれる。
ヤコブさんが何か叫んでいるが、断片的にしか聞こえなくなった。
「絶対に―――諦めない―――僕は――――――――君の世界に―――」
そして身体の全てが光に包まれた私の意識はそこで暗転した。
――――――――――――――
意識が覚醒して飛び起きる。周りを見渡すとそこは見慣れた会社の給湯室だった。ゴミ箱には召喚される前に割ってしまった湯呑の破片があった。
「わ、私………戻って来られたんだ………」
思わず泣きそうになって手で顔を覆おうとすると、手がぷっくりとしていた。
ぎょっとして慌てて給湯室に備え付けられていた鏡を見る。
そこには召喚される前の太った自分が居た。
「………そうよね。痩せた姿のままで戻ってこられる訳ないものね………はぁ、せっかく痩せたのに逆もどりかぁ」
あまりのショックで涙が引っ込んでしまった。憂鬱な気分になりながら、私は給湯室からオフィスに移動した。
オフィスに移動すると、私を転ばせたクールビューティーの姫川可憐さんが立川部長の机の前で叱られていた。立川部長は一言で言えば太った中年で、姫川さんが好むような外見はしていない。
「――――君のやっていたことだが、全て会社の監視カメラに写っていたよ。君は姫川葵常務取締役のお孫さんということで、様々なことを見逃されていたようだけど、もう庇いきれなくなったようだ」
「どういうことでしょうか?立川部長。身に覚えがまったくないのですが」
イケメンには猫を被る姫川さんだが、相手が太った男性だということで素っ気が無い。
「とぼけるんじゃない。君は仕事中にサボって男を追い掛け回している様子が監視カメラに写っているんだよ。しかもそれだけではなく、気に入らない女性を虐める姿や、嫌がらせで業務連絡をわざと流さなかったという仕事に支障をきたさせるような歴とした営業妨害まがいの事まで起こしている。どこで連絡が止まったのか調べたら簡単に判明したよ。全く、常務取締役は素晴らしい人だがそれに引き換え君は会社を何だと思っているんだ!」
「そ、そんな大声出しても無駄よ!それにお祖父ちゃんは常務取締役よ!アンタなんか飛ばしてやれるんだから!」
とうとう本性を現した姫川さんは立川部長に怒鳴り返す。
「はぁ~………同情の余地も更生の余地も無しか………最後の温情だと思ったんだがこれを出さざる得ないな」
そう言って立川部長が出したのは姫川さんの解雇通知表だった。
「はぁ!ちょっと!それってどういうことなの!」」
「どういうことも何も、会社に来ている以上、給料分の仕事はするべきだ。君はその仕事を疎かにして男を追いかけ回し、女性を虐め、会社に損害まで与えている。そんな人員は会社に必要ないだろう!常務取締役には証拠映像や会社スタッフの調書を証拠として提出してある。さしもの常務取締役も頭を垂れてこの解雇通知に印を押してくれたよ」
「嘘よ!そんなの間違ってる!私は女神に愛されているの!この世界は『私だけのイケメン☆パラダイス』の世界で、私は主人公の姫川可憐に転生したの!女神様に美貌ステータスも最初からMAXにしてもらったし攻略パターンも全て記憶しているのに何で………どうしてこうなるの!」
姫川さんは突然訳の分からないことを叫びだした。その様子を見て立川部長も慌てる。
「な、何を言っているんだ、気でも触れたのかね!?」
「ふざけんじゃないわよ!モブの癖に!やっぱりこんな展開になったのは私の知らないモブのせいね!出来るだけ邪魔なヤツを虐めて退場させてたのに、こうなるなんて………」
そう言いながら、入り口で身を固めている私の姿を姫川さんは見た。
「お前かぁ………お前が………シナリオに出て来ないお前が何かやったんだろ!そうだ!そうに違いない!だから一ノ瀬主任も神宮寺君も攻略出来ないんだ!お前が、お前がぁ!」
血走った目で誰かのデスクに置いてあったカッターを手に取り、私に向かって走りだした。
「お前のせいで!死ね!」
「え!きゃあああ!」
突然の出来事で身体が動かなかった。というより、痩せていた身体から急に太った身体になった為、いつものように動けなかったのだ。このままでは刺されると思ったその瞬間――
「危ない!」「やらせないよ!」
二人の男性の声が聞こえ、私は目をつぶった。そして来るべき衝撃に備えたが一向にその気配が無いので目を開けると、姫川さんを羽交い締めにする神宮寺さんと、姫川さんの手を捕まえて凶器であるカッターを取り上げている一ノ瀬主任の姿があった。
「これは歴とした殺人未遂だ。立川部長、会社の醜聞がどうのと言っている場合じゃないと思います。警察を呼んで下さい」
「あ、あぁ!分かった!」
数分後、警察が到着し姫川さんは警察に連れて行かれた。そこでも喚き散らしていたが、すぐにその姿も見えなくなっていった。
私が未だに茫然自失としていると、一ノ瀬主任と神宮寺さんが駆け寄ってきた。
「良かった、無事で………君に何かあったらとヒヤヒヤしたよ」
「まったく姫川のヤツ、イカレてやがるぜ………こんな大事起こしやがって………腸が煮えくりかえる思いだぜ」
二人揃って私を心配してくれているようだ。そういえば二人に助けられたのにお礼を言っていなかったことに気付く。
「一ノ瀬主任、それに神宮寺さん………あの………助けてくれてありがとうございました!お二人がかばってくれなかった今頃………」
「早川さん………」「早苗さん………」
「と、とにかく今は落ち着ける所に行こう。休憩所まで歩けるかい?」
「あ、それならオレも行きます!ちょっと早苗さんと大事な話があるので」
「ほう………奇遇だな。私も大事な話があるんだ。それでは一緒に行こうか」
「え?………あ、はい、分かりました」
二人揃って大事な話があるらしい。頭が?マークで一杯になったがとりあえずついていくことにした。
――――――――――
休憩所に着いた私はひとまず置いてあるソファに腰を降ろした。周りを見渡すと私達以外はここには居なかった。
「さて………大事な話をする前に聞きたいことがあるんだけど、本当に怪我は無かった?大丈夫かい?」
「あ、それはオレも気になってました!大丈夫ですか?早苗さん!」
「えぇ、一ノ瀬主任と神宮寺さんのお陰で怪我はありませんでした。本当にありがとうございました」
ペコリを頭を下げて二人に感謝の意を伝える。その様子を見て二人はホッとしたような表情を浮かべた。
「良かった………早苗さんが無事で」
「怪我がなくて安心しました」
ニコリと笑う一ノ瀬主任の笑顔にドキリとした。その様子を見て何だか神宮寺さんから不機嫌そうなオーラを感じた。そんな様子を知ってか知らずか一ノ瀬主任は話を続ける。
「何度も言いますが、早川さんに怪我が無くて何よりでした。警備から監視カメラの映像を見せられて以前から知っていたので本当はこうなる前に何とかしたかったのですが、姫川さん………彼女は常務取締役の孫でなかなか手出しが出来ませんでした。何とか彼女をクビに出来るだけの情報を手に入れて立川部長に提出しましたが、こうなると分かっていたら私のクビを覚悟で彼女を何とかするべきでした。本当に申し訳ありません」
そう言って頭を下げる一ノ瀬主任。私は慌てて頭を上げて下さいと言った。その様子を見て今度は神宮寺さんも頭を下げながらこう言った。
「オレも………本当にごめんなさい!オレは、早苗さんが虐められてるなんて全然気づかなかった!今日だって泣いてた姿を見たのに何もしてあげられなかった!本当にごめん!」
「いいえ!二人共顔を上げて下さい!お二人は私を助けてくれました!それだけで十分です!」
その言葉にハッとしたような表情になる二人。そして一ノ瀬主任は私の手を突然握りながらこんな事を話し始めた。
「私は………早川さん、貴女を救おうと思ったのは私の部下だから、という理由だけじゃないんです。私は………仕事を通じて貴女に恋をしてしまったのです。最初は有能な部下を手に入れていたという認識だったのですが、貴女の人柄に触れて次第に心惹かれるようになったのです………こうして問題を解決しましたが、彼女が貴女を刺そうとした時、心臓が凍り付きそうになりました。私はこのような思いをするのは二度と御免です。どうか………私に貴女を守らせて頂けないでしょうか?出来れば生涯を貴女と共にしたい」
「え!?」
突然の告白に頭が真っ白になった。その様子を見て今度は焦ったような姿で神宮寺さんが言葉を続ける。
「うわああああああ!先を越されたああああ!ちょ、ちょっとタンマ!」
そう言って神宮寺さんは一ノ瀬主任の手を払いのけて私の手を握った。
「突然だけどごめん!オレ、早苗さんの事が好きなんだ!恋人になって欲しいと思ってる!最初は同期で入ってきた仲間だと思ってたけど、一緒に仕事をしていくうちに君の笑顔に段々と惹かれていったんだ。いつの間にか夢でも君をみるようになって、君のことしか考えられなくなった………まさか一ノ瀬主任も早苗さんの事が好きだったなんて想定外だったけど、どうか僕を選んでくれないかな?」
「え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
突然の展開過ぎて頭がパンクしそうだ。
そう思っていると、突然、目の前の空間が歪み、そこから2人の男の姿が現れた。
「だ、誰だ!」「何なんだ、お前たちは!」
予想外の出来事が起きて動きが固まってしまった私を庇うように神宮寺さんと一ノ瀬主任は私の前に立ちはだかった。
そして改めて現れた2人を見ると1人を覗いて見覚えのある顔だった。
1人目は、1年間もの長い間一緒に旅をしたヤコブさん。
2人目は………銀髪の大柄な姿をしたイケメンだ。何故だか脳裏にガルーの姿を連想させた。
「ハヤカワさん!やっと会えた!」
「ヤコブさん!なんでこんな所に!」
ヤコブさんは神宮寺さんと一ノ瀬主任をレビテーションの魔法で椅子に無理やり座らせ、私に抱きついた。それを見た他の男性陣から何故か文句が出る。
「ちょ、ちょっと、ヤコブさん。離して………」
「やっと………やっと会えた。もう会えないかと思った………」
「ヤコブさん………」
「あの時、取り残された僕は必死の思いで転移の魔術を研究したんだ。王が私を呼び戻そうとしたり、軍に追われたりしたけどそんなの何ともなかった。そして研究を重ねて異世界転送陣を完成させたんだ。だからこうして君に会うことが出来た………完成するまでに300年掛かった上に、研究の副産物で不老不死になったりしたけど僕らの恋に何も問題ないよね」
「え、ちょ、ちょっと!展開が急すぎて私には何がなんだかさっぱりよ!」
ちょっと情報を整理させて欲しいと切実に願った。
異世界から帰ってきたと思ったら、私を虐めていた姫川さんが断罪されて何故か私が襲われた。
その後、神宮寺さんと一ノ瀬主任に何故か告白されたと思ったら、異世界で一緒に冒険していたヤコブさんと謎の男が現れてヤコブさんに告白される………どれだけの要素を詰め込んだらこんな結末になるのだろうか!闇鍋だってここまでゴチャゴチャにならないだろうと個人的には思う!
「待て………抜け駆けは禁止だ………」
今度は何よ!と思ったが、言葉を発したのは銀髪の見慣れない男だった。その男は私に近づくと1年前に王様に向かって兵士達がしたような傅き方をした。
「この姿では初めてだな………俺は、ルー・ガルー。アンタに命を助けられたワーウルフだ」
「え!アナタ、ガルーなの?いくらなんでもファンタジーすぎるでしょう!」
もう色々な事がありすぎて一杯いっぱいなのに、今度は人化ときたもんだ。私の思考は一週回って冷静になった。
「………?何を言っているのか分からないが、俺は人狼だ。元々人なのだから、狼から人に戻っても何の問題もないだろう。とはいえ、魔王を倒すまで人の姿になるのは俺自身がアンタを襲った罰として禁止していたから知らんだろうがな………おれは命を助けられたその瞬間からアンタの気高い魂に惚れたんだ。魔王を倒したらアンタをかっ攫って嫁にしようと思ってたんだが、アンタに出し抜かれちまったな。そしたら今度はこの魔術師野郎が俺を出しぬいて独りでアンタに会おうとしてるじゃないか。ヤツと違って不老不死じゃないが人狼は月があれば1000年を生きられる。300年という歳月は長かったがアンタを思うと不思議と苦じゃなかった。という訳で、アンタ、俺の嫁さんになってくれ」
「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
今日一日でどれだけ告白されるんだ、なんて余計な事を考えながら悲鳴を上げる。それに追い打ちを掛けるかのように再び空間が歪み、あの時倒した魔王が現れた。そして魔王は私に向かってこう言った。
「アナスタシア………君がこの世界に転生していたなんて思いもよらなかった。復活まで300年の歳月が流れたが、そんな事はどうでもいい事柄だ。魔大公の娘である君と再び愛し合えるなんて思いもよらなかったよ!君が人間に殺されてしまった時、私は絶望し全ての人間を滅ぼそうとして魔王となったが、君を見つけた以上、そのような無駄なことに気を配る必要も無くなった。君は記憶にないだろうけど、その魂の輝きを見れば僕は君がアナスタシアの転生体であることが一目瞭然んで分かるだ。まさかアナスタシアが異世界に居るだなんて、神も皮肉な演出をするようになったものだが見つけ出したのだから何の問題も無い………さぁ、愛しのアナスタシア。僕達の世界に帰ろう」
「うえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
もう訳が分からなくなってきた。
「早川さん!ここは危険だ!早くこっちに来るんだ!」
「早苗さん!とにかくここを移動しよう!僕の胸に飛び込んでくるんだ!」
「ハヤカワさん!1年も僕と旅をしてきたんだ!僕を選んで!」
「それはオレも同じだろう。さぁ、アンタはオレの所に来るんだ」
「アナスタシア。君の魂は例え転生したとしても私の物だ………こちらに来い」
「うええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!」
私は悲鳴を上げながら休憩所から逃げ出した。
その後、阿鼻叫喚の騒ぎになったようだが、今の私はそれどころじゃなかった。今は一刻も早くウチに還って休みたかった。私は体調が悪いと立川部長に告げて急いで家に逃げ帰った。
後日、ファンタジー組3人が私の部屋に何故か住むようになって四六時中口説いてくるだとか、一ノ瀬主任と神宮寺さんの熱烈なアピールが凄いだとか色々な事や事件が起こるようになったのだが、それはまた別の話であった。
更に後日、異世界で日常を過ごしていたせいか日々の食べる量が少なくなり、一気に痩せた瞬間、様々な人から何故かナンパされるようになり益々身動きが取れなくなったのも別の話である。
※微妙に重大な間違いがあったので、文章を直しました。12/2、午前2時修正済み。
※更に致命的な間違いが文中に残っていたので、その部分を削除致しました。12/2、午後15時修正済み。
※誤字報告があり、12/3に修正致しました。報告ありがとうございます^^
※あらすじが適当すぎる気がしたので12/3 21:40に修正致しました。