100%キラキラ☆
九話 100%キラキラ☆
ミーティングを翌日に控えた金曜日の放課後。郷戸が「ふっふっふ」怪しい笑い声を上げながら近づいてきた。
「もっちー!やったぞ!!」
「なんだよ、郷戸。新作アニメに目当ての声優出てたのか?」
「ちっがーーーう!!間抜けなことをぬかすな!!そもそも貴様が言い出したことではないかっ!アイドルの曲のことだ!」
おお!ついに歌詞が上がったのか!
郷戸の奴、夏休みの宿題はぎりぎりまでため込んでたくせに、意外と仕事がはやい!蓬田れんれんのアルバムがかかってるからか?
「歌詞ができたのか!ほんとにありがとう!助かった!いま見せられるなら見せてほしいんだけど、大丈夫か?」
僕がそう言うと、郷戸はびしっと人差し指を突き付けてきた。なんだよ…?
「ふっふっふ。歌詞だけじゃないぞ。ちゃんとオリジナル曲としてメロディも仕上がっている。ハヤちゃんがボーカロイドでデモを作ってくれたから聞いてみるといい」
「ぅえええ!?もうできたのか!?うそだろっ!!」
僕は進撃してきた巨人にぶん殴られたような衝撃を受けた!
二人に相談したのは月曜日…。三日で全部仕上げたっていうのか!?ありえない…!!
「我々に任せろと言っただろう!タイタニック号の乗り心地はどうだ!ドゥハハハ!」
「あ…ああ……」
「言葉を失ったか。無理もないな!我々二人の仕事ぶりに驚嘆せよ!あ、あとでハヤちゃん殿にも礼を言っておくように!彼は部活もあるというのに、相当頑張ってくれていたようだからな。小生の尽力ぶりには僅差で劣るが!ドゥハハハ!!」
…ほんと驚嘆です。
デモCDを受け取ったとき、不覚にも泣きそうになってしまった。郷戸の歌詞に放送禁止用語がひとつやふたつあったところで、そんなもんかまうものか!!
人見知りでコミュニケーション能力に難ありで、出来もしないことを引き受けてしまうような馬鹿でどうしようもない僕の為に、二人の友人がここまで頑張ってくれたことに胸が熱くなった。
「郷戸、ごめん。あと……ありがとう。助かった、ほんと…に…」
「もっちー、涙はすべてが終わってからだ。戦いは始まったばかり!我々にできるのはここまでだ!あとは貴様の戦いである!!胸を張って行ってこい!!」
郷戸の芝居がかったくさい台詞が、今日は胸にじわっと染みた。教室に残っていた女子たちが、冷ややかな視線を無遠慮にあびせながら、足早に出て行ったが気にしないことにする。
あとは僕の戦い、か。
よし!!来るなら来いよ!熊に眼鏡にイケメン野郎!
「来たのか。無茶ぶりに耐えきれなくて逃亡したかと思ったが、意外とメンタル丈夫なのな?」
「あ……はぃヒ!あの…その」
「今日は楽しませてくれよ?S大生は忙しいんだ。無茶ぶりされたお前がどうなったのか、興味があったから来てやったんだ。くくっ、専攻は違うが、人間観察で卒論書くってのもいいかもな……」
僕の隣にどっかり腰を下ろした笠谷さんが、蛇のようないやらしい笑みを浮かべてそう言った。
この人、性格悪すぎだろ!
今日の為に闘志を燃やしていた僕だったけれど、人見知り、コミュニケーション能力の欠如はそう簡単に克服できなかった。ねちねち絡んでくる笠谷さんを前にして、ただ気色悪い作り笑いをすることしかできない。悔しすぎる…!!蛇にじわじわ締め上げられてるカエルの気分だ…。まったく僕ってやつは情けない!!
そのとき、僕の前を果物みたいな甘い香りが横切った。顔を上げると、春花さんが立っていた。
春花さんと言えば、僕に無茶な要求を押し付けた張本人である。顔をそむけようとしたが、たんぽぽのようなぽわぽわスマイルで見つめられて、固まってしまった。
「こんにちはっ!今日は橋本くんの成果を楽しみにしてきたんだぁ。天才プロデューサーの橋本くんだから、きっと素敵なアイデアいっぱい持ってきてくれたんだろうなぁ。ああ、楽しみだよっ」
隣で笠谷さんが噴きだした。春花さんは不思議そうにその様子を見つめている。
彼女があまりにもあっけらかんと言ってのけたので、さすがの僕も腹が立ってきた。
「…その…プロデューサーとかやめて、ください。それはゲームの中の話で…僕は普通の高校生です。三次元アイドルのスペシャリストじゃないんです。なのに、なんでもかんでも押し付けられて……正直、すごく迷惑してます。こんなの、バイトの内容と違うじゃないですか!」
腹立ちまぎれに言ってしまってから、ずっしりと重量感のある後悔が襲った。
むかついたからって女の人相手に怒鳴るなんて最低だ。春花さんだけが悪いんじゃないんだし…。笠谷さんには言い返せなかっただけに、なおさら自分が情けなくなった。僕の闘志はこんな風に使うために燃やしたんじゃないだろ…。
こわごわ春花さんの顔を見ると、彼女は相変わらずやわらかい笑顔のままだった。
「…無責任なこと言っちゃってごめんなさい。でもね、私、橋本くんに出会ってすごくうれしくて……舞い上がっちゃったの」
「ふえっ!?ななな、ななな!?」
恋愛シュミレーションゲームにそのまままるっと使えそうな台詞が、豪速球で僕の心臓にぶち当たった。腹立ちは吹っ飛び動悸が激しくなる。呼吸がうまくできなくて息苦しい!
なんだよ!このカウンターフックは!?こんな返しありか!?ギャルゲーはやらないから、こういう台詞には耐性がないんだよ!!!
「青春ごっこはやめろ。気色悪い」
笠谷さんが味のなくなったガムを吐き捨てるように言うと、春花さんは声を張り上げてこんなことを言い出した。
「だってほんとなんですよっ!ゲームのなかのアイドルの子を見てるときの橋本くん、ほんとに素敵だったんです!アイドルの女の子を大切にして一生懸命育ててるのが伝わってきたんですよ!それを見て決めたんです!この人にプロデュースしてもらおうって。そしたらフルキンは絶対輝けるって直感したんです!!」
「あんた……馬鹿ぁ?」
「あはー…よく、言われちゃうんですよねぇ。自分では一生懸命なつもりなんですけど」
春花さんと笠谷さんはうまくかみ合っていない会話を続けていたが、僕はさっきのカウンターで完全にノックアウトされていた。
だって生まれてから一度だってあんな台詞言ってもらったことなかったし…しかも年上の女の人に、なんて…。
「時間になりましたので、そろそろミーティングを始めたいと思います。席についていただいてよろしいでしょうか?」
ドアを開けて入ってきたのは健吾さんだった。春花さんは僕に向き直って「楽しみにしてるからっ」と言うと、上座の方にある椅子に座った。
出席しているメンバーは少なかった。
いかつい土木作業員の岩島さんがいない。彼はライブの時の会場設営以外できないなんて言ってたから、これからもミーティングには来ないのかもしれない。(そもそもこのミーティングってやつは、時給に換算されているのだろうか…?)
それから、いかにも真面目そうだったどもリーマン榎本さんもいない。無職だと言っていたから、新しい仕事を見つけに行っているのかな?
それにリーダーの熊男剛造さんがいない!リーダーのくせにミーティングに出ないなんて、何を考えているんだと思ったけれど、考えてみれば彼は乾物屋をやっているんだっけ。そうそう店を空けてもいられないか。
来ているのは、さわやか王子健吾さん。フルキンメンバーのリンゴ担当春花さんと、高飛車な桃担当の富士子さん。意地悪な蛇メガネの笠谷さん。ちょっと遅れてホスト風バーテンダーの美空雪広さんも入ってきた。今日はヒョウ柄のシャツにブラックデニムという出で立ちで、いかにも水商売の人って雰囲気だった。
それからあとは……あれ?中学生の松本絢ちゃんがいない。今日は土曜で中学校も休みのはずだけど…。やっぱりこの企画に乗り気じゃないのかもなあ。
「欠席されている方もいますが、予定通り始めましょう。今日話し合う内容については、前回説明したとおりです。オリジナルソングの制作、その振付、そして衣装についてです」
健吾さんが部屋の奥にあったホワイトボードを引っ張り出して、そこに『オリジナルソング・ダンス・衣装』と書き込んだ。こうやって見ると、健吾さん先生っぽいなと思う。実際先生なんだけど。
「オリジナルソングは橋本君に制作をお願いしましたが……橋本君、進捗状況はどうかな?」
「あ…えーっと」
健吾さんが僕の名前を呼んですかさず王子スマイルをかましてきた。先生に問題に答えるよう指名されたみたいでドキッとした。
だけど、部屋に入る前から手に持っていたCDロムから、郷戸とハヤちゃんの熱い思いが伝わってきて、それほど怖くはなくなった。
そうだ、ここからは僕一人の戦いなんだ!
「オリジナルソング、完成しました」
僕の言葉に室内がどよめいた。
「もうできたのか!?」「はやすぎる!」「さすが橋本くん!」「どうせ適当に作ったんでしょ。そんなの歌いたくないわぁ」などとみんな好き勝手なことを言っている。
けれども、僕は満足感に包まれていた。勝ちどきをあげたいのをこらえて、静かに手にしていたCDを持ち上げて見せた。
「友達に助けてもらって作りました。二人とも…すごく頑張ってくれて……とにかく!聴いてみてください!!」
健吾さんは僕からCDを受け取ると、公民館の備品のプレイヤーを持ってきてセットしてくれた。キュルキュルとディスクが回転し始める。僕はぎゅうっとかたく目を閉じてイントロが流れ出すのを待った…。
音楽が完全に聴こえなくなり、室内はもとの静寂に包まれた。誰もなにも言わない。
掛けられた時計の秒針の音だけが、沈黙の中に浮いていた。
「……どう…でしょうか…」
張りつめていた空気に耐えきれず、僕は全員に向かって問いかけた。
「橋本君」
口を開いたのは健吾さんだった。彼は立ち上がると僕の前までつかつかと歩み寄った。机を挟んで僕らは対峙する…。
「橋本君」
健吾さんはもう一度僕の名前を呼んだ。
「はい」
僕は健吾さんの真剣な視線を受け止める。
「君…君は…」
僕は何を言われようと揺るがないように、ぐっと腹に力を込めた。
落ち度はないはずだ。郷戸の歌詞は至極健全なものだったし、ハヤちゃんの曲も素晴らしい出来だった。
それでも言いたいことがあるなら、好きなだけ言えばいい。郷戸とハヤちゃんが、自分たちの時間を削って作り上げてくれたこの一曲!誰にも穢させないぞ!誰が何を言ったって僕はこの曲を――――
「君は天才か!?」
「僕はこの曲を誰にも……!って…はい?」
健吾さんは身を乗り出して僕の手を取った。そのまま両手をがっちりつかまれて、ぶんぶん上下に振られた。い、いたい…。
「ちょっと、健吾さん…!!い、痛いっす!」
「ははは!!あははは!!君!君は!!あははははは!」
健吾さんが壊れた。僕の手を掴んだまま笑い続けている。そんな健吾さんに駆け寄ってきたのは春花さんだった。興奮気味に息を弾ませながら彼女は叫んだ。
「やっぱり橋本くんはすごいです!天才プロデューサーですっ!!」
それはやめてくださいって言ったのに…。健吾さんと春花さんは二人して酔っ払いのようなテンションで笑いまくる。
「春花ちゃんの言った通りだったね!橋本君がフルキンサポーターに入団してくれてほんとうによかった!こんな無茶振りを引き受けてくれた上に、一週間という短期間でこんなすばらしいオリジナルソングを作ってきてくれるなんて!!橋本君は天才プロデューサーだ!橋本君!神!」
無茶振りしたって自覚はあったんですね…。さわやかな顔してけっこう黒いな、健吾さん。
「橋本くん、神っ☆」
春花さん、リピートするのやめてください…。
僕はとりあえず曲が受け入れてもらえたことに安堵して、ほっと息をついた。
瞬間、脇腹に鋭い痛みが走って僕は小さく声を上げた。
「な、なんですか!笠谷さん!!」
隣から笠谷さんが僕の脇腹をつねったのだ。傷害罪で訴えるぞ、この蛇メガネ!うう、疼痛が…。
「くくっ……なかなかおもしろいガキだ。気に入った」
気に入られちゃったよ!!辞退します!!あなたのお気に入りから削除してくださいっ!!
「いいじゃん、いいじゃん!はやく女の子たちがこの曲歌うとこ見たいなあ」
ヒョウ柄のチャラ男美空さんが、シルバーリングで飾られた手をひらひら振ってそう言った。
「可もなく不可もなく…ってとこね。私はムーディーなバラードの方が好みだけど、まあいいんじゃない。高校生にしては上出来ってことにしといてあげる」
どこまでも上から目線なのはフルキン桃担当、富士子さん。
オリジナル一曲しかないのに、それがバラードじゃ盛り上がんないだろ!好き放題言ってくれるなあ、この人…。
これで出席者全員の感想が聞けたことになるのかな、一応。
適当なこと言ってる人もいるけど、かなり高評価を貰えたって思っていいんだよな?みんな喜んでくれたみたいだし。
自然に心臓が早まるのを感じた。これはいつものおどおどした緊張による動悸じゃない。口の端がニヤつくのを抑えられなかった。
「ガキ、顔が気色わるいぞ」
「もともとこんな顔なんすよほっといて下さいっ」
笠谷さんに早速つっこまれたが、にやにやがとまらない。胸の奥から熱をもった何かが溢れ出してくる。郷戸、僕たぎってきたぞ!!
ようやく僕の手を解放してくれた健吾さんが、再びホワイトボードに向かう。先生が学生たちに向かって、重要項目を説明するように彼はマジックで文字列を板書していく。
ホワイトボードに浮かび上がったのは、郷戸とハヤちゃんが精魂をこめてくれた曲。フルーツ王国のオリジナル第一曲目のタイトルだった。
《100%キラキラ☆》
健吾さんは書きあがった文字を満足げに眺めてから、再び僕らに向き直った。
「リーダーの剛造さんや、今日欠席された方々には僕から話をしておきます!篠井どんぴしゃ祭りでの初ライブはこの曲!『100%キラキラ☆』でいきましょう!!みなさん、よろしいですか!?」
テンション最高潮の健吾さんの問いに、みんなは頷いたり手を挙げたり叫んだりして肯定の意を表してくれた。
僕は目のはじっこからつつっと伝ってきた水分をそっと手の甲で拭い取った。