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文殊の知恵

八話 文殊の知恵


ハヤちゃんこと高見澤隼斗の部屋は物が少なくて、モデルルームみたいに片付いていた。


「そのへん適当に座ってよ。飲みもんお茶でいい?あ、もっちー、ちょっと髪染めた?」

「あ、うん。去年の冬休みにちょこっとだけ…」

「かっこいいじゃん。俺も染めてみたいんだけど、バスケ部茶髪禁止でさ」

「ふん、色気づきおって。もっちーはオタクの風上にもおけんやつだ」

「なんでだよっ!!べつに風下でいいけどさっ」


 僕らはハヤちゃんの部屋で、中学生に戻ったみたいに自然に話していた。ハヤちゃんとはもっとぎくしゃくしてしまうと覚悟していたのに、全然そんなことはなかった。


「ごめん、いきなり押しかけちゃって。……部活の練習大丈夫?」


 僕の不安げな問いかけにハヤちゃんは八重歯をのぞかせて笑う。


「へーき。月曜日はもともと塾って言ってあるんだ。大会前はさすがに部活出るけどね。塾はさぼったから今日は予定なしっ」


 さぼったって……こんな僕の無理やりな頼みを聞くために?ハヤちゃん…きみってやつは…!


「も、もっちー?そんな泣きそうな顔すんなよ!大丈夫だって!!母さんも、もっちーとゴウちゃんが来るって言ったら、塾休んでいいって言ってたし!久々の再会なんだから楽しくいこうぜ!」


 ハヤちゃんが僕の肩をぽんぽんと叩く。僕はこんないい友達を持ってたのか。今まで連絡をしないでいたことが悔やまれる。

ハヤちゃんが通っているのは秀才の集まる私学だし、中学から続けているバスケ部のレギュラーだから、忙しくて僕らのことなんか忘れてると思ってた…。


 僕、橋本郁也と(ごう)()正徳(まさのり)ことゴウちゃん(昔はそう呼んでたけど、今はこっぱずかしくて 呼んでない)、そして高見澤隼斗(たかみさわはやと)ハヤちゃんの三人は保育園からの幼馴染。奇跡的にクラス替えを乗り越えて、中学卒業まで同じクラスで過ごした。卒業と同時にハヤちゃんは私立高校を受験して、知らず知らずのうちにあまり連絡をとらなくなった。

 ニマ動にゲームの実況動画をアップしている郷戸とはたまにやりとりがあったようだが、直接会うのは久しぶりだそうだ。


「でさ、さっそくなんだけど!アイドルの曲を作るんだったっけ?」


 どこから話そうか思案していると、ハヤちゃんのほうから話を振ってくれた。一応郷戸から簡単に話してもらってあったけど、正直言いだしづらかったから助かった。

 僕は小さく息を吸い込んでから話し始めた。


「郷戸から聞いたと思うんだけど、バイト先企画のプロデューサーにされちゃってさ。で、ご当地アイドルのオリジナル曲作りを頼まれちゃったんだ。僕…アイドルのゲームはわりと詳しかったりするんだけど、作曲のスキルなんか全然ないからさ。郷戸が、ハヤちゃんなら曲を作れるっていうから……なんか、ごめん。久々に会ったのにこんなこと頼んじゃって…」

「あー…っと。もっちー、そんなかしこまるなよ!俺の曲なんて趣味で作ってるようなやつばっかだけど、そんなレベルでいいなら手伝うからさ?一緒に頑張ろうぜ!それにちょっとおもしろそうだしな!」

「う、う、う~~!!ハヤちゃ~~ん!」


うう…後光がさして見えるよう…。


「おやおや、もっちー。小生のときとは、えらくリアクションに差があるじゃないか。そういうのは地味に傷つくからやめてくれたまえ」


 とりあえず郷戸はスルー。郷戸にも感謝しているんだけど、作詞の仕上がりを見るまではなんとも言えないからな。郷戸の作詞に関しては、ニトロを扱うように慎重に様子を見よう。


「あはは。じゃあ、どんなかんじの曲にするか作戦会議しようぜ!アイドルについてはもっちーが一番詳しいから、案とかあったら出してよ」


 いきなり話を振られて、ううっと言葉に詰まってしまった。アイドルに詳しいっていうよりは、アイドルマイスターに詳しいだけなんだけどなあ。

でも、本当は僕が全部やらなきゃいけないことだったんだから、せめてアイデアくらいは出さないと二人に申し訳が立たない。


「そう、だなあ……」

「たとえばさ、アイドルの王道っぽく可愛いかんじとか、意表をついてハード系とか。今流行ってるテクノっぽいのでもおもしろいかもな」


 考え込んでいる僕にハヤちゃんが助け舟を出してくれた。


「うーん…」


僕は、ABC58みたいな三次元のアイドルについては詳しくない。だけど、アイマイの曲なら全部知ってる。

アイドルマイスターにもABC58のように女の子がたくさんいて、それぞれがテーマ曲を持っている。みいなみたいな女の子らしい子にはキュート系、レイのようにボーイッシュな子にはハードなロックテイストの曲が与えられている。

フルーツ王国にはメンバーが三人いるけど、それぞれ三人分テーマ曲をつくっている時間はない。この短期間で彼女らが三曲も歌詞と振りを覚えられるとも思えないし。


「と、なると一曲入魂!!というわけだな」


 僕が考えを話すと、郷戸はうーんとわざとらしくうなずいた。本当にわかってるのかな、こいつは…。


「ご当地アイドルの彼女たち…名前はなんといったか…」

「グループ名のこと?フルーツ王国。略してフルキン」

「……なんだか卑猥な響きだな…。そのフルキンは、長野の魅力をアピールするためのユニットだと言ってたか?」

「あー…たぶんそんなかんじ…?」


僕だっておととい知ったばかりだからよくわかんないことだらけだ。こんな状態でオリジナル曲作れなんて、無茶ぶりにもほどがある…。


「つまり…長野の魅力を盛り込んだインパクトのあるやつを一曲作れば良い、ということだな?もっちー二等兵」

「だれが二等兵だ。けど、その通り。時間がないからどのみち複数は無理だよ。初ライブが篠井どんぴしゃ祭りなんだよ」

「篠井どんぴしゃって…あと実質二か月か!バイト先のひと、ずいぶん無茶な計画立てるよなあ」


 そう。その通りなんだよ、ハヤちゃん。

 でも、あの熊男剛造のまえでそんなこと言ったらベアバッグ食らわせられちゃうよお。

 その後も郷戸とハヤちゃんに助けられながら、考え抜いた結果…。ハヤちゃんが用意してくれたメモ用紙にアイデアがまとまった。それがこれ。



・歌詞には地元長野の魅力を盛り込む!

・メロディはオリジナル一曲目にふさわしい王道キュート系で!



 二時間以上考えた結果がこれだった…。


 たったこれだけの案を出しただけで、この二人にオリジナル曲を託そうとしてるのか。これはいくらなんでも無謀だ。僕まで剛造さんたちのような無茶ぶりをはじめてどうしようっていうんだ。ここはせっかく復活した幼馴染との友情の為にも、おとなしく引き下がった方がいいのかもしれない。


 僕はおそるおそる二人の方をうかがった。二人とも呆れ返っている……かと思いきや、実に晴れやかな表情。な、なんで……?


「もっちー!小生、創作意欲がむくむくと湧き上がって参ったぞ!これははやく自宅に帰還して作業に取り掛からねば!この沸き立つ意欲が冷めてしまわぬうちに!!」

「わくわくしてくるよな!これから学校から帰ってきたら毎日制作作業だ!忙しくなるぞ!」

「あ、あのさあ。頼んだ僕が言うのもおかしいんだけど……こんな案だけで大丈夫…?」


 僕の問いかけに二人は力強くうなずいた。郷戸は意味不明なポーズ(たぶんなんかのアニメの)をとりながら叫んだ。


「小生に不可能はない!タイタニック号に乗船したつもりでかまえているがいい!!ドゥハハハハハ!!」


 …どっかで同じこと言ってる人がいたな。

 ハヤちゃんも八重歯を輝かせて笑顔を見せてくれた。こちらは不沈軍艦のような頼もしさが感じられる。


「いろんなひとに受け入れられるように、キャッチ―なフレーズ作ってみるわ。とりあえず、ゴウちゃんの歌詞ができたら本格的に曲作り始める。具体的な期限ってあったりする?」

「あ~…とくに言われなかったけど、来週の土曜日に二回目のミーティングがあるんだ。そのときまでに、歌詞の一部や曲のフレーズがあがってきてたらありがたいかも……ってさすがに一週間じゃ厳しいよね。ごめん!」


 僕が両手を合わせて謝ると、二人は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ。我々は、立ちはだかる障害が巨大なほど燃えるのだということを忘れてやしないか?」


 そうだったの?全然知らなかったです。


「そうそう!俺も最近部活ばっかで曲作りしてなかったから、なんつーかフラストレーションたまっててさ。ここらで爆発させたいんだよね。ほんと燃えてきたわ!」


 二人ともやる気がほとばしりまくっている。僕が任された仕事なのに、こんなに簡単に二人に投げ出してしまってよかったのだろうか。かなり申し訳ない気持ちになった。

 そうは言っても、僕に作詞や作曲の手伝いができる能力はない。そんなのあったら初めから一人でやってるわけで…。

 それでも僕は手伝いを申し出てみたのだが、二人にかたくなに断られた。


「小生の実力を疑っているのか!?独りのほうが筆が進む故、手助けなど不要!任務は完遂するから安心して待っていたまえ」

「そうだぞ、もっちー。俺たちに任せとけ!それに、もっちーはプロデューサーに任命されたんだから、ほかの仕事もまわってくるんじゃないか?そっちのほうも考えといたほうがいいと思うけど」


 え。プロデューサーって、そんなにいろいろやんなきゃいけないのか?

 そんな話は聞いてないけど、あの人たちならそのくらいの無茶ぶりはしてきそうな気がするな…。

やっと希望への道筋が見えてきたと思ったのに、僕はまた不安と後悔が渦巻く濃霧のなかに閉じ込められてしまった。


 だけど、友達二人がここまでしてくれるって言うならば僕だってやらなきゃいけない!

僕の中にもかたちのないなにかが湧き上がってくるのを感じた。




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