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おお、心の友よ

七話 おお、心の友よ


「がんばりますって…なにをどう頑張るんだよ…」


 僕はベッドに寝転んだまま、枕に顔をぎゅむっと押し付けた。すぐに苦しくなって、仰向けにころがるとブハッとエンゼルパイの匂いがする息を吐き出した。


「このままばっくれるかあ。……あ、履歴書差し押さえられてるんだっけ」


 ゆっくりとつり天井が落ちてきて潰されるのを待っているような、じんわりした不安に圧迫されて僕は窒息してしまいそうだった。


退路は断たれた。今更篠井商店街の乾物屋に駆け込んで「できません!やっぱ無理です!」なんて言ったら、あの熊男(たけぞう)にひねりつぶされてしまう。逃げられない。やるしかない。適当でもなんでもいいから曲を仕上げなきゃならない。


「健吾さんは『曲作りの特別手当は出すからねっ』なんて言ってたけど……こんなん賃金の問題じゃないよ!!ああ、どうしよ…」


 とにかく……悩みながら寝転がっていてもはじまらない。寝てる間に小人さんが曲を作っといてくれたら、なんて妄想できるほど僕の脳みそはメルヘンにできてない。


 起きあがって机に向かう。歌詞に使えそうな言葉でも書き出してみようかと、使いかけのノートを開こうとしたその時――。


「電話?誰だよ、こんな時間に…」


 携帯から、みいなのテーマ曲『愛と涙の横断歩道』がけたたましく鳴り響いた。画面には『郷戸』の文字が表示されていた。こんなときに郷戸のオタトーク聞いてるヒマないんだけど…。

 無視すると翌日うるさく言われるだろうから、一応通話ボタンを押した。


「もっちー!小生からの電話には五秒以内に出ろといつも言ってるだろう!なっとらん!」

「はいはい、んでなに…?忙しいんだけど」

「おっ!やはりもっちーも見てたな!ニマニマ動画の生放送!いやあ、蓬田(よもぎだ)れんれん氏!ロリボイスだけじゃなく、どS上司役もいい!!」

「……あのさ、僕それどころじゃ――」

「なんだとぅ!!みいなの中の人の生放送だぞ!?せっかく教えてやろうと思って電話してやったというのに、そのリアクション…!!」


 いつもの僕ならすぐにPCを開いただろうけど、いまはとてもそんな気分にはなれなかった。帰ってから一度もゲーム機に触ってないし、みいなも見てない。そのくらい今の僕は、どっぷりと不安に沈み込んでいた。

そんな僕の様子をまったく察していない郷戸は、勝手なことばかり喚き散らしている。


「さ、さ、さ、さてはもっちー!貴様!!オタクでありながら、三次元女子にうつつを抜かしているなんてことはあるまいな!?みいなより優先している用事なんてほかにあるまい!!くそぅっ、小生が切り捨ててくれるわ!!!」

「ちがうって……バイトのこと。バイトでちょっとめんどくさいことになっちゃってさ」

「ほ!?バイトとな?もっちー、ついにバイトはじめたのか。それでなにがあったのだ?小生に話してみよ」


 言い訳を考えるのも億劫だったので、正直にバイトでの出来事を郷戸に打ち明けた。郷戸に相談したところでどうにかなる問題じゃないことはわかってるんだけど。ただ、僕を押しつぶそうとしている憂鬱な気持ちを、誰かに共有してもらいたかった。

 一折り説明を終えると僕は大きなため息をついた。


「……ってかんじ。面倒事全部押し付けられちゃってさ。ちゃんと反論しなかったのも悪いんだけどね。どうしようかなってさっきからずっと考えててさ。いっそ逃げちゃえって思ったりもしたんだけど、リーダーの親父がめちゃくちゃ怖くて――」

「話はわかった」


 愚痴交じりの言葉を続けようとする僕を、郷戸が静かな声で遮った。なにが「わかった」んだよ。お前がわかってくれたところでどうにもなんないんだって…。

ああ、ほんとやばい。はやく歌詞考える作業にもどらなきゃ。次のミーティングは来週土曜日だから一週間しかないよ。それまでになんとか形だけでも作って「そういうことなら…小生に任せたまえ」「え?」


こいつ、何言ってんだ?


「郷戸、お前…」

「ほかならぬもっちーの頼みだ。小生がひと肌脱いでやろうと言っているのだよ。報酬は六月発売の蓬田れんれん氏のベストアルバム『DEAR』で手を打ってやる。無論初回盤」


 いやいや、誰も何も頼んでないから…。

 郷戸は僕と同じで創造できないタイプのオタクのはずだ。ただ消費するだけのオタク…。曲なんて作れるわけがない。こんな中二病をこじらせたような男が曲を作るくらいなら、まだ自分で作った方がまともなものが出来そうだ。


「いや……気持ちはありがたいけどお前、作曲なんかできないだろ?」

「たしかにな。小生に曲はつくれない」


 あー。時間無駄にした。こいつは僕が面倒に巻き込まれたのを楽しんでからかってるんだな。

 僕は苛ついてそのまま電話を切ろうとした。それに気が付いたのか、郷戸が声を張り上げた。


「ああ、待て待て!作曲は無理だが、言葉を紡ぎだすことはできるぞ!小生が作詞を担当してやる!」

「は…はあ~~~?」


 呆れてがくっと開けた顎が外れてしまいそうだった。

郷戸が作詞?ある意味、作曲をさせるより危険だ。こいつの脳みそが考えた言葉をアイドルに歌わせるなんて、狂気の沙汰だ。なにより放送コードに引っかかりそうだし…。


「あ、あのなあ郷戸…」

「ふふん!うたがっておるなっ!こう見えても小生は『小さな親切・大きなお世話ポエムコンクール』で佳作に入選した実績を持っているのだよ!安心したまえ!ドゥハハ!」


 なんだよ!そのコンクール!!しかも佳作かよ!!全く安心できないよっ!

 ……安心……は、できないけど。ここで郷戸に作詞を押し付けてしまえば半分くらい責任逃れできるかもしれない。机に向かって不毛な言葉探しをしなくても済むし。

某国民的アニメに出てくる唇の血色が悪い男子と、同じくらい卑怯な考え方だけど、この際仕方ない…か?


「作曲は……?問題はむしろそっちなんだけど…」

「おお!もっちー!!小生に任せる気になったか。大いに結構。くれぐれもれんれん氏のアルバムの件は忘れないように!それからな、作曲はハヤちゃん殿に頼んでみてはいかがかな?」


 ハヤちゃん。ハヤちゃんは私立の高校に通っている僕らの幼馴染だ。保育園のころから一緒だった僕、郷戸、ハヤちゃんの三人だったけど、高校が別れてからはほとんど会っていなかった。そのハヤちゃんがなぜ今出てくるんだ?


「ハヤちゃん、音楽やってたりしたっけ?」

「…アイマイに心血を注ぐのもいいが、すこしは現実の友情にも目を向けたまえよ。ハヤちゃんはピアノを習っていただろう?小学校の合唱では毎回ハヤちゃんがピアノを弾いていたではないか。まったくもっちーは…」

「あ…そう、だったっけ?」


 ハヤちゃんは秀才で、勉強もスポーツも人並み以上にできた。ピアノのことはよく覚えてないけど、ハヤちゃんならできても不思議じゃない。


「そういえばニマニマ動画にもハヤちゃんが作った曲がアップされてたぞ。ボーカロイドを使って作った曲が三曲とピアノのインストが一曲」

「ええっ!?それほんと!?」


郷戸の言葉に驚きを隠せなかった。

ニマニマ動画に曲をアップしている人の中には、曲がCD化されてる人もいる。ハヤちゃんもそんな風に曲を作って、大勢の人の注目を集めているんだろうか?


「残念ながら、再生数はあまり伸びていなかったな」

「なんで?てか、お前ハヤちゃんの曲聴いたの?」

「ああ。聴いた。彼からメールが来て感想を求められたのでな。曲自体は悪くなかったが、ニマ動ではイラストや動画がついていないとなかなか注目が集まらず、再生数が伸びないようだ。あとは課金して宣伝という手もあるが、我々高校生にはなかなか厳しいしな。あとは作詞のセンスがいまひとつだな!その点においては小生が彼をはるかに凌駕しているぞ!……おい、もっちー!聞いてるのか!?」


 ハヤちゃんか。

 全然連絡取ってなかったけど、頼っても大丈夫かな。こんなときだけ友達面すんなとか思われたら悲しいけど、今回ばかりは仕方ない。僕はもう後には引けないんだ!

 郷戸の声をおざなりに聞き流しながら、僕はハヤちゃんがピアノを弾いている場面を思いだそうとしていた。



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