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きみの無茶振り

六話 きみの無茶振り


重くなった空気を打ち払ったのは、またまたさわやかイケメン健吾さん。

ぱんぱん、と手を鳴らして二人に席に着くようにうながした。二人はしぶしぶ席に着いた。


「そこまでにしておきましょう。みなさんにも予定があるでしょうから手短に説明しますね。六時には解散にしますから、もうすこしお付き合いください」


 そして、来月の予定が書かれた紙をささっと配り、次回のミーティングについて説明をはじめた。

 健吾さんの説明によると、次回のミーティングは曲・ダンス・衣装について企画を出し合うらしい。今日の衣装は、お披露目のために量販店でとりあえず購入した出来合いのものだそうだ。さすがにアレを着て初ステージはないよなあ。


そして、驚いたことに、フルーツ王国にはまだオリジナル曲というものがないのだという。よってダンスもまったく決まっていない。おいおい。ライブなんていつの話だよ。ホームページ制作の笠谷さんはともかく、機材搬入や会場設営の僕らは、ライブがなきゃ仕事にならないじゃないか。

僕の不安を岩島さんが代弁してくれた。


「なあ、最初のライブはいつになるんだ?俺は機械なんかいじれねえし、歌もダンスもわからねえ。ミーティングに参加したって意見出せねえぞ。ライブがなきゃ俺のできることもねえ」


 そうだそうだ。僕だってライブがなきゃできることなんかない。

 岩島さんの問いに答えたのは剛造熊さん。(熊さんなんてかわいいもんじゃないけどね…)


「ファーストライブは、篠井どんぴしゃ祭りのステージで行う予定だ。商工会長に話はつけてある」


 篠井どんぴしゃ祭りって…たしか六月下旬とかじゃなかったか?あと二か月ちょっとしかないじゃないか!なに言ってんだ!このおっさんは!!


「篠井どんぴしゃって、篠井商店街でやってるお祭りですよね?わ、わたくし毎年見に行っております」

 

榎本さんがぎこちないスマイルで言った。


「そうだ。六月の二十五日だ」


 曲もダンスもできてないのに間に合うか!

一か月で詞と曲作って振りもつけて…メンバーは残りの一か月でそれ覚えてって…無理だろ!絶対!!アイマイのアイドルたちだって、ファーストステージの時は半年間練習するんだからな!アイドルなめんなよ!


「オリジナル曲がひとつもないんだよね?ファーストステージは全部カバー曲でいくってことかな?」


 前髪をいじりながら美空さんが尋ねた。

 この問いかけに満面の笑みで答えたのは、春花さんだった。彼女は勢いよく立ち上がって僕を指差した。

 ……え?僕?


「その点に関しては心配ご無用です!フルキンプロデューサーの橋本郁也くんが頑張ってくれますよ!!」


 みんなの視線が一斉に僕のほうに集まった。視線の一斉射撃に晒されて、僕の心臓は蜂の巣になった。い、痛いい…心臓が痛いよ…。

て、いうか…僕がプロデューサー!?意味分からん!この春花さんて人……富士子さんの味方するわけじゃないけど、ほんとに馬鹿だろ…。


「ひぇっ…あのぉ、なんっ、なんで僕……」

「大丈夫ですっ!歌もダンスも橋本くんに任せておけば、素晴らしいものができますよ!彼を信じてください!橋本くんは、弱小アイドルをアリーナのステージまで押し上げた天才プロデューサーなんですよっ。橋本くんにかかればフルキンもABC58と共演できるくらいビッグになれちゃうはずです!!」


 なに、なになになに!?何言ってんの、この人はっ!!

僕、そんな秋○さんやつ○く♂みたいな力ないし!ただの温いオタクだよ!プロデューサーってのはゲームの話で……――!!


 言いたいことは洪水のように渦をまいているのに、僕の口からはキモチワルイ喘ぎ声しか出てこなかった。くそう!テンパってなんも言えない!!!


「初ライブは全部フルキンオリジナル曲でいきますよっ!そのほうがみなさんにも覚えていただけると思うし!橋本くん!素敵な曲とダンス、よろしくお願いしますねっ♪」

「あびゃ…あふぁっはは…あの僕…!」

 

隣の笠谷さんがちらりと僕の方を見た。

小声で「アイマイのことか…」と呟く彼に、僕は思い切り首を縦に振り肯定の意を表した。

やった!!ここで笠谷さんが誤解を解いてくれたら解放してもらえる!


バイトの合格は取り消しになるかもしれないけれど、このまま曲やらダンスやらを押し付けられるよりは全然マシだ!僕は機材の搬入や会場整備をやろうと思って応募したんだ。 歌や振付なんて、一介の高校生の僕にできるかよっ!


 すがるような涙目で笠谷さんを見つめる僕。笠谷さんは僕をじっと見据えていたがやがてふっと目をそらした。そしてその視線がふたたび僕のほうを向くことはなかった………って!なんでだあああ!!助けろよおおお!!ゲームのなかの話だって説明してくれええ!なんだそのて冷めた目は!この!この!……っ!!メガネめ!!(怒りで罵倒も思い浮かばない…)


こうなったら自分で言うしかない!僕は震える唇で言葉を絞り出す。


「あ、あの!この人…春花さんの言ってるのは、あの…アイマイってゲームの…話なんです!だから僕、全然なんもできないです…!!」


 水を打ったように静まる室内。僕に向けられた視線の照準は相変わらず定まったままだ。

立ったまま弓を射られて死んだ弁慶のように、僕も視線に射抜かれてこのまま昇天してしまいそうだった。


「うーんと…橋本君、だっけ?春花ちゃんからさっき話聞いたとき、おかしいなとは思ったんだよね」

困ったような、でもやっぱりさわやかな笑顔を浮かべて健吾さんがそう言った。


期待を裏切ってしまったみたいで申し訳ないけど、僕には無理なんだ。詞なんて書いたことないし、リコーダーも満足にふけなかった僕が、楽曲づくりなんてありえない!


「そう…なんでフす!だ、だから他を当たって…――」


 噛んだああ…。もうやだ…。

浜に打ち上げられた海洋生物のようにぐったりうなだれる僕に、健吾さんはとんでもないことを言い放った。


「でも……きみにお願いするよ!橋本君!!」

「うぇっ!?」

 

 ブブンッと音がしそうな勢いで顔をあげて健吾さんを見ると、背後にキラキラのエフェクトがかかっていそうな王子スマイル。…イケメンがさわやかに笑ってるのに、戦慄するのはなんで?


「健吾、こいつはただのゲーム好きなんじゃないのか?合格者を選んでるとき、汐咲がいきなりきてこいつを合格させろとうるさかったから、一応合格させてみたが…。見当違いだったんじゃないか?」

 

一応合格にさせた…見当違い…。ずいぶんな言われようだ。けど、ヒグマ剛造のほうが状況把握してるよ!そう、僕には無理!無理なんです!!


「そ、そうです…!僕にはむ…――」


 無理です!の言葉はさわやか王子によって無残に断ち切られた。


「いやいや。そんなことはないですよ、剛造さん。今は、自分で作詞作曲したものをインターネットの動画サイトにアップしている高校生の子たちが、けっこういたりするんですよ。ねえ、笠谷さん?」


 そして自称PCのみの担当笠谷さんに話が振られる。

 ここで「こんなガキには無理だろ」とかドライに一刀両断してくれればよかったのに、あろうことか彼はとんでもないことを言った。


「まあそうだな。こいつはオタクっぽいからボーカロイドくらい持ってそうだし。ご当地アイドルの曲なら一週間くらいで作れるんじゃないか?」


 かああさあああやあああ!!!!

 眼鏡を拭きながら適当三昧を並べ立てたこいつの首を、ぎゅうぎゅう絞めたくなった。

僕はアイマイオタクかもしれないけど、それと曲作りなんて関連性のカケラもないだろ!ボーカロイドのソフトは当然持ってないし!


 こんな脈絡もなにもないトンデモ話で他の人が納得するわけがない!

 そう思って室内を見渡すと…あろうことかみんなは神妙な顔でふんふんうなずいたりしている。……嫌な予感しかしないんだけど…。


「なるほど。高校生だからと侮っていたが、間違いだったようだ」

 熊男剛造。


「橋本くんに任せておけば安心ですっ!タイタニックに乗ったつもりでどーんとかまえてればだいじょうぶですよっ!」

「あんたってほんとに馬鹿ね、大船は大船でもあの船はラストで沈没よ。けどそれでいいんじゃない?とりあえず早く決めちゃって帰りましょうよ」

 春花さんと富士子さん。


「いいい、今どきの若い方は素晴らしい才能を、おお、お持ちですねっ!わたくしなんて、PCはひらがなでしかタタタ、タイピングできなくて…よく上司になじられて…――」

「それより衣装はもっと可愛いのがいいよ。今日のはいただけないなあ」

 どもリーマン榎本(あ、いまは無職か…)とチャライケメン美空。


「俺にはなんだかわからんが…こいつがやるっていうならそれでいい。ライブの日程が決まったら教えてくれ。機材の搬入や設営は責任もって俺が引き受ける。面接のときも言ったが、後のことはそっちでなんとかしてくれ」

 さらっと無責任発言をかます土木作業員、岩島雄助。おい!(おとこ)ならそんな無責任なこと言っちゃダメだろ!


「くくっ。ま…がんばれよ?」

 薄ら笑いを浮かべて眼鏡をかけなおすにっくき笠谷。

 くそぅ!なにが笠谷優(すぐる)だ!優れてるのは偏差値だけだよ!優しさはカケラもないよ!!


 みんなの意見が出揃ってしまった。

 全員僕が作詞作曲を担当することに賛成…だとお!? おかしい。こんなの絶対おかしいよ!どうしてこんなことになってしまったんだ!?

 過去に戻ってここに至ったフラグを真っ二つにへし折りたくなった…。


「みなさん全員賛成ということで……橋本君」


 健吾さんの、女子をとろっとろに蕩かしてしまいそうな笑顔が僕に向けられた。こんなにさわやかなのに、悪魔が人間をなぶり殺しにしようとニヤついてるように見えるのは、なぜ?


「お願いするね?」


 僕にはすでに反論の気力はこれっぽっちも残っていなかった…。

脳みその奥でみいなの幻が手を振っているのが見えたような気がした。みいな…僕の天使。僕は悪魔の甘言に乗せられてしまったみたいだ。みいな、助けてくれ…みいな。


「は…はぃひ。がんばり……ます」





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