我らフルキンサポーターズ
五話 我らフルキンサポーターズ
面接が終わってすぐに二階の和室でミーティングが行われた。内容は合格者の自己紹介とか今月の予定についての話だった。
高倍率を潜り抜けて合格した他の四人は、かなり個性的な人たちだった。
「土木やってる岩島雄助。パソコンはできねえが、力仕事は任せてくれ」
最初に自己紹介した男の人はぶっきらぼうにそう言った。
筋骨隆々。プロレスラーみたいながっちり体系で、浅黒く日焼けしている。二十代後半くらいで若そうだったけれど、髪の毛は砂漠地帯の干し草みたいに色素が抜けていて、白髪っぽくも見えた。
次に立ち上がったのは、岩島さんとは正反対のルックスをした男の人。
「こんにちは。美空雪広です。今は長野駅前の店でバーテンダーをしてます。アイドルは詳しくないんだけど、可愛い女の子が頑張ってるのを見るのは好きだよ。よろしく☆」
僕や郷戸が言ったら女子がドン引きしそうな台詞を、流れるように言ってのけた。これがまたこの人にしっくりはまっちゃってるから、みんな何も言えなかった。
百七十五センチくらいの細身体型。グレーのなんてことない普通のスーツを着てたんだけど、なぜかホストクラブの幹部みたいに見えて仕方なかった。顔は…イケメン。くそ!爆ぜろ!イケてるメンズ!
「あ、あああ、あのぅ…わ、わたくし榎本和貴男といいます。かきおは和を貴ぶ男と書きます。あ…あ、ああ、ええと…わたくしは、そのぉ…MM株式会社で働いておりましたが…ええ~…自主退社いたしまして…今はその、無職というやつでして。ええその…なにか世間の皆様のお役にたてればと申し込んだ次第であります……ええ…よろしく、お願いします、はい…」
僕に引けを取らないほどのどもりを披露していたこのおじさんは榎本さん。和貴男の漢字を説明するあたりだけスムーズだった。サラリーマン時代に何度も繰り返して使っていたフレーズだったのだろうとうかがい知れた。少し悲しくなってしまった。榎本さんも僕みたいなのに同情されたくはないだろうけれど…。
ちなみに僕はこの榎本さんのあとに自己紹介をした。名前と学校名を言っただけだったけど、榎本さんのおかげで(失礼)わりとまともに挨拶できた。
最後に挨拶したのはS大生の笠谷さんだった。笠谷さんの通うS大学は、県内で一番高偏差値の大学だ。
「笠谷優。S大の三年。ホームページ作成は大体の構図と期限を指定してもらえば自宅でやってくる。それ以外の仕事は遠慮させてもらう」
バイトの身でありながら上から目線でこんなことを言っていた。この人がPC担当になるらしい。それにしたって、PCしかやりませんなんて仕事をなめすぎている。熊男剛造がじろりと笠谷さんを睨んだけど、彼はどこ吹く風で眼鏡を拭いていた。
「じゃあ、僕らスタッフの紹介もしましょうか」
五人のバイトの自己紹介が終わると、さわやかお兄さんが立ち上がってそう言った。剛造ベアーがううむと唸る。
「健吾、お前が先にやれ」
「あれ?いいんですか?じゃあ…」
お兄さんは健吾さんというらしい。剛造さんと並んでいるのをみると、美女と野獣にでてくる野獣のビフォーアフターみたいだった。野獣のアフターは王子様だ。
「稲瀬健吾です。篠井第二小学校で臨時職員をしています。この企画にはボランティアとして参加しています。みなさん、フルーツ王国を盛り立てるために力を貸してください。よろしくお願いします!」
さわやかオーラ大放出で目がくらみそうだった。こんな先生がいたら、うちのクラスの女子たちは大騒ぎするんだろうなあ。小学生からも人気がありそうだ。
「最後は俺か。あ~…堅苦しい敬語は苦手でな。さっきは一応面接だから気を張ってたが…普段通りにやらせてくれ」
剛造さんが立ち上がった。たしかに説明していた剛造さんは変な感じだった。きっと面接の為に敬語の練習をしていたんだろう。熊男が国語の教科書を読むみたいに敬語を練習しているところを想像したらおかしくなった。
「篠井商店街にある『乾物屋松本』の店主、松本剛造だ。この企画の発案者でリーダーを務めている。いま世間で老若男女を問わず大人気の、ABC58に匹敵するようなアイドルをつくっていきたいと考えている。そのためにみんなの力を借りたい。よろしく頼む!」
この人、自己紹介に紛れてとんでもないことを言ったぞ…。
ABC58といえば、日本ではその名を知らない人はいないんじゃないかってくらい有名なアイドルだ。いまやアイドルの代名詞って言ってもおおげさじゃないと思う。(二次元ではもちろんアイマイがトップ!)
とにかくすごいアイドルグループなんだ。大所帯のグループだから、女の子のタイプもファンの好みに合致しやすい。曲もきらきら王道系からハード系まで様々だ。
そんなABC58と肩を並べるアイドルをつくる?とんでもない夢物語だ。
しかし、剛造さんの顔は本気と書いてマジだった。この人、おっかない顔してるけど実はただの馬鹿なんじゃないのか?アイドルのこと全然わかってないのは間違いなさそうだけど…。
剛造さんがさらになにか言おうとしたのを遮ったのは意外にも、あのクールで無表情な中学生、絢ちゃんだった。
「…くだらない」
「なんだと?」
「くだらないって言ったんだよ、こんな企画」
ヒグマを前にして毒づく絢ちゃんに、部屋の空気が凍った。制そうとする健吾さんを振り切るように剛造さんが吼えた。
「もういっぺんいってみろお!」
「…何回でも言ってやる。くだらない、くだらない、くだらない、くだらない、くだらないんだよ!」
「集まってくれた人たちに申し訳ねえと思わんのか!謝れ!」
健吾さんが「落ち着いてください」となだめるも、剛造さんの勢いはとまらない。絢ちゃんをかみ殺しそうな迫力だ。怒鳴り声を聞いただけで僕の身体はびりびり震え、内臓がキュウッと縮こまった。
「そっちが謝れよ.バカげた企画でみなさんの時間を潰してしまってすいませんってね」
「おまえ……!!」
絢ちゃんは席から立ち上がると、スポーツバッグを肩にかけた。
「さっきも誰か言ってたけど、こんな企画はすぐ立ち消えになるよ。あんたらもはやいとこ別のバイト探した方がいいと思うよ」
そう吐き捨てるように言って絢ちゃんは部屋を出て行った。
剛造さんは追おうとして立ち上がったが、やがて諦めたようにがっくりと座りこんだ。室内に鉛みたいな沈黙が満ちた。それを破ったのは健吾さんだった。
「申し訳ありません。絢ちゃんは、その…難しい年ごろなので大目に見てあげてください」
「健吾!甘やかすようなことを言うな!!」
剛造さんの鋭い声が飛んだが、健吾さんはさわやかな微笑みを浮かべて受け流した。
「ねえ~、あの子が帰ったんだから私も帰っていいわよね?疲れちゃったし、このあと予定があるのよ」
突然ひらひらと手を挙げたのは先ほどまでド派手な衣装に身を包んでいた富士子さん。
今は玄関にいた時と同じ、高そうな白いジャケットと揃いのタイトスカートという服装だ。手元には、ファッションに疎い僕でも知っているハイブランドのロゴバッグ。
「バイトも決まったし、私たちメンバーはもう帰ってもいいわよねえ?どうせすることもないんでしょ?」
答えも聞かないまま富士子さんが立ち上がりかけた時、バンッ!と机が叩かれた。
剛造さんがついにキレたのかと戦々恐々としながら音のした方に顔を向けると、そこには真っ赤な顔をした春花さんが立っていた。さっきまでのぽわぽわした雰囲気から一変して、湯気が出そうなほど怒っている。小柄でほそっこいから迫力は全然ないんだけど。
「何言ってるんですか!富士子さん!!この企画で一番がんばらなきゃいけないのは私たちじゃないですか!!なのに帰りたいだなんて!!」
「ちょっとぉ、なにいきなりヒートアップしちゃってんのよ。そんなのさっきのくそがきだって同じでしょ!私だけに言わないでよね!てか、名前で呼ばないでって何回言えばわかんのよ!」
「富士子さん!富士子さん!富士子さん!今日は最初のミーティングです!帰るなんてだめですっ!認めません!!」
「やめなさいってば!!あんた馬鹿じゃないの?もう帰るわ!」
「認めませんっ!座ってください!!」
春花さんは、生まれたての小鹿ばりにぷるぷる震えながら、富士子さんに立ち向かっている二人の間で青白い火花がバチバチいって今にも爆発が起きそうだった。
おいおい…。だいぶ雲行きが怪しくなってきたけど大丈夫なのかな…?