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そして結果は


 四話 そして結果は


松本剛造が壇上に現れると会場内のざわめきが止んだ。それを見計らって彼は唸るように話し始めた。


「ええ~、面接お疲れ様でした。結果をお知らせする前に皆様にお披露目があります。本邦初公開となります。フルーツ王国(キングダム)メンバーです!」


 本邦初公開なんて大げさな言い方が笑えて、ぷっと噴きだしてしまった。が、笑ったのは僕だけだった。赤面して顔を俯ける。

 そういえば、まだご当地アイドルフルーツ王国(キングダム)…略してフルキン?だっけ?その姿を見せてもらってなかったなあ。バイト代千円のことで頭がいっぱいでそんなこと忘れてた。チラシには昭和チックなイラストしか載ってなかったし。どんな人たちなんだろ。中学生か、僕と同じ歳くらいの高校生かな?最近は小学生アイドルなんていたりもするからなあ。


「メンバーはこの三人です!皆様盛大な拍手でお迎えください!」


 剛造が吼えると、ステージ袖から女の子たちが出てきた……って、あれ?この人たちって…――


「こんにちはっ!フルーツ王国ですっ☆信濃ゴールドみたいに輝くアイドル目指します♪」

「なつっこ果汁でとろけさせてあ・げ・る☆みんなよろしくねっ」

「どうも……」

『フルーツ王国(キングダム)へようこそ!』


 一瞬の静寂のあと…まばらな拍手。

 壇上でポーズを決めている三人は…さっきまで玄関で揉めていたあの人たちだった。たしか春花さん、富士子さん、絢ちゃん…だっけ?

 三人とも、ピンクだの金髪だの明らかにそこだけ浮きまくってるウィッグを被っていて、衣装はなんと、あのチラシに載ってた水玉のひらひらワンピースそのままだった。

 えーっと……なんだこれ?

 唖然としながらも僕はステージから目が離せなかった。


「改めてご紹介します。彼女たちが、今回の企画で篠井商店街と長野県を盛りあげてくれるアイドル、フルーツ王国(キングダム)です。彼女たちは、厳しいオーディションを勝ち抜いて選ばれました!どうぞもう一度大きな拍手をお送りください!」


 まばらな拍手再び。

 厳しいオーディションって……絶対嘘だ。

 熊男剛造は満足げに頷くと、言葉をつづけた。


「ありがとうございます。それではメンバー達から自己紹介と皆様へのメッセージがありますのでお聞きください」


 先ほどゲームトークを繰り広げた天然っぽいお姉さん、春花さんが一歩前に進み出た。

 金髪ウィッグが全く似合っていない。衣装は白地に赤の水玉模様。目がちかちかする。


「みなさん!はじめまして! 汐咲春花かと申しますっ。長野の魅力を精一杯発信していきたいと思いますので、応援よろしくおねがいします!」


 ……うーん、すごく優等生の挨拶。なのに、全然心に染みてこないのは金髪ウィッグが似合わな過ぎるせいなのか…。てかこの恰好、自分で考えたのかな…。

 続いて出てきたのは、先ほどヒステリックに怒鳴り散らしていた富士子さん。これまた超絶似合わない蛍光ピンクの巻き髪ウィッグをつけている。衣装は白地に濃い桃色の水玉ワンピ。これは…なんのバツゲームなんだ?


「こんにちは。名前は………佐藤です。今回はスキルアップのためにアイドル企画に応募しました。応援よろしくお願いします」


 スキルアップって…自分磨きというやつですかね?ご当地アイドルとスキルアップがいまいち結びつかないんだけど…。あと名前、苗字しか言ってないな。富士子って名前が嫌いなのか?

 最後に重い足取りで進み出てきたのは絢ちゃん。絢ちゃんは茶髪のショートウィッグだったので、そこまで違和感はなかった。衣装は一人だけパンツスタイル。しかし全身白地に蛍光グリーンの水玉柄で覆われているので、他の二人と同じくらい派手派手しい。クールな印象の絢ちゃんには、全くといっていいほど似合っていなかった。


「松本絢。中二」


 それだけ言うと絢ちゃんは下がってそっぽを向いた。絢ちゃん中学生だったのか。それにしては口調とか大人びてるよなあ。背も高いし、態度も…でかいし。


 メンバーの挨拶が済むと、壇上にさわやかお兄さんが現れた。手に小さな紙切れを持っている。あそこに合格者の番号が書かれているのだろう。はやいとこそいつを読み上げて、僕を解放してくれ!

僕の頭の中ははやくも、読みかけの雑誌やアイマイの続きで埋め尽くされはじめていた。帰ったらアイマイをやろう。今日はいろいろなものを失ってしまった気分だ。

僕のなかの虚無を満たしてくれるのはみいなだけだ。みいな…もうすぐだよ……待ってて…――


「二十七番……そして三十六番の方。以上五名の方が合格者となります。合格者の方はこの場に残ってください。今日は皆様ありがとうございました」


 さあ、帰ろう。姉貴より早く帰ってテレビをキープしなきゃ。

 ホールの中で人波がだるそうに動き始める。面接が終わったからか、皆緩みきったゴムのようにだらっと弛緩していた。


「あー、だる。くるんじゃなかった」

「時給いいけど、こんなん企画倒れだよな。どうせすぐ立ち消えになるから落ちてよかったかも」

「だよなあ。アイドルの女も微妙だし」

「言えてる。なんだよ、あのかっこ。仮装パーティーじゃねえんだからさ』

「アイドルブームに乗っかるのはいいけど、もうちょっとなんとかできないんかね。ま、ビンボー商店街じゃこんなもんか」


 笑い声が足音と一緒にホールから流れ出ていく。軽口も笑い声も煙草が入り混じったような苦々しい匂いも…全部が消えるまで僕はホールに立ち尽くしていた。

 僕は…篠井商店街にそこまで思い入れがあるわけじゃない。メンバーの女の子たちも全然タイプじゃない。

けど……なぜか胸の奥が鈍く痛んだ。心臓を酷使しすぎたせいもあるけど、なんだか無性に腹が立ってしかたなかった。

 ――なんでだろ


「きみ!」

 

いきなり声をかけられた僕は「ウヒィ!」とまぬけな声を上げた。

気が付くと先ほどのさわやかお兄さんが目の前に立っていた。よく見ると、彼はかなりのイケメンだった。控えめな茶色の髪はサッカー選手みたいな短髪に切りそろえられていて、口から覗く歯は真っ白。うちの姉貴が好みそうなジャニ系ってやつだ。


「番号三十六だよね?合格おめでとう!こっちにきてくれるかな?さっそくだけど、打ち合わせたいことがいくつかあるんだ」

「さ、さんじゅ、ろく?」

「そうそう。きみがそうだよね?三十六番…」

 僕はぼんやりと手にしていたプレートを見る。書いてある数字は36。

「さんじゅう…ろく」

「ほら、やっぱりそうだ!さ、はやくこっちに…」

「さんじゅう………え、ええええええ!?」


 合格!?僕、合格しちゃったのか!?この高倍率で?ウソだろ…。

 そういえば春花さんがプロデューサーがどうとかって言ってたけど……。

 僕が壇上を見ると、気が付いた春花さんが小さく手を振った。

 衣装のチカチカする水玉が僕の眼球に飛び込んできた…。



 家に帰りついたのは七時半を過ぎたころだった。リビングに行くと姉貴が韓流ドラマ「イケてるメンズ」の録画を見ていた。


「おかえり。あ、テレビは使えないかんね?イケてるメンズの録画四話分消化すんだから」

「うん…今日はゲームやんないから好きにしていいよ……」


 テレビにくぎ付けだった姉貴がぐるんとこちらを振り返った。ソファから首だけ出てて怖いんだけど…。姉貴はにやにやしながらこっちを見てくる。柄の悪いチェシャネコだ。


「なんか暗くね?ふみ、もしかしてバイト落ちたんか~?ま、落ち込むな。生きてりゃそのうちいいことあるよ」

「や、受かったけど…」

「マジか!!ちょっとママぁ~!ふみの奴、バイト受かったって」


 姉貴が煙草で枯れたガラガラ声で母さんを呼びつける。その視線はすでに画面の中のイケてるメンズに戻っていた。呼ばれた母さんが洗濯かごを持ったままリビングに入ってくる。


「美奈、あんたの脱ぎ散らかしてあった服、お父さんのと一緒に洗っといたからね。で、なんの用事?」

「んげ!最悪……。あ!ふみがバイト受かったんだってさ」


 母さんは僕の方を見て驚いた表情を浮かべた。

ま、驚くよな。学生ニートに甘んじてた重度の人見知りがバイト一発合格なんて。


「ふみ、よかったじゃない。じゃあ、これからは自分の携帯料金は自分で払えるわね?けっこう毎月お金かかってるのよ。まあ、お姉ちゃんが一番かかってるけどね」

「うちは自分で払ってるから関係ないし。てか、チャン・ドンドン鬼かっけ~。ママも一緒に観ようよ」

「あら、氷山(こおりやま)きよぞうのほうが男前よぉ。『きよぞうのドンゾコ節』、はやく発売しないかしら」


 好き勝手に話し始める女性陣のなか、僕はがっくり肩を落としてた。携帯料金払ったら、バイト代ほとんどなくなっちゃいそうだ…。

今日の打ち合わせでライブの予定はまだ決まってないって言ってたから、来月のサントラと課金アイテムに間に合うかどうかかなり不安だ…。


「郁也…バイトの面接、通ったのか?」


 ここで父さんが登場。父さんは影が薄めだから、ぬぼっと現れるとちょっとびびる。


「あ、うん……て、またズボン履いてないし」

「尻の部分が破れててな……母さん、繕ってくれ」

「嫌ですよ。これからアイロンかけるんだから。針箱、そこにあるから自分でやってください」

「……仕方ないな…ああ、郁也」

「なに?父さん」

「……がんばれよ」

「あ、ありがと」


 父さんは寒そうに尻をさすりながら針箱を探し始めた。…不憫だ。




 僕はテーブルの上にあったエンゼルパイを二個かっさらってリビングを出た。二階の自室に入り、ベッドに倒れこむ。


「つ…かれたぁ」


 吐き出すように声が漏れた。今日はいろいろなことがあり過ぎた。いつも学校とゲームのルーチンを繰り返している僕には、刺激が強すぎた一日だった。

 僕は寝そべりながら、エンゼルパイを口にくわえた。パイの甘さを舌の上で転がしながら、今日の出来事を回想する。

牛が草を反芻するように思い返していると、今日の出来事が夢みたいに思えてくる……。



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