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終幕    そして…

終幕



 バルーンフェスタから一週間が経った日曜日。僕たちフルキンサポーターは篠井公民館の洋室に集まっていた。もちろんメンバーも全員出席だ。


「なんだぁ!その腑抜けた顔は!!大舞台が終わったからといって気を抜き過ぎだぞ!」


 剛造さんが相変わらずの咆哮を響かせる。

そんなこと言われたってなあ…。大舞台が終わったんだから、少しくらいだらだらしてたってしょうがないと思うんだけど…。


「まあまあ。この間はみなさん本当に頑張ってくださいましたし、今日はのんびりやりましょう。それより、剛造さんみなさんにお知らせがあるって言ってましたよね?」


そんな僕の気持ちを代弁するかのように、健吾さんが言った。

『剛造さんからのお知らせ』………嫌な予感しかしないんですが…。


「おお!そうだった!忘れるところだった。みんな、これを見ろ!」


 みんなの視線が剛造さんに集中する。

剛造さんが取り出したのは、一枚の大判ポスターだった。ポスターには神輿を担ぐ男たちの写真とダイナミックな書体の文字…。


「…『飯田どっこい祭り』…?」

「おう!今度は南信で開かれる『飯田どっこい祭り』のステージでライブをやるぞ!開催日は九月三十日だ!南信の人達にフルキンを売り込むいい機会になるぞ!がははははっ」


 九月三十日って!!あと一か月ちょっとしかないし!

なんでこの人は、こっちの都合も考えずに無茶苦茶なスケジュールを組んでしまうんだろうか!こんなの絶対おかしいよ!!


 さすがに意見しなくてはと手を挙げようとしたが、それより先に手を挙げた人物がいた。それは……「やりましょう!!!!!」ああ。まただ…。

春花さん…あなたって人は…。


「私、南信の方へはあまり行ったことがなくて、ずっと行ってみたかったんです!飯田の名物の干し柿、食べられるかなぁ」

「おう!市田柿のことだな!いくらでも食っていいぞ!ただし自腹でな!」

「わぁい!楽しみですっ!ね、橋本くんっ?」


 はは…。苦笑いしか出てこない僕。

柿の前に、新曲の歌と振り覚えてください…。


「飯田ねぇ。たしか飯田から高速バスが出てて、名古屋まで行けるのよね。買い物したいから、ステージが終わったらそのまま直行しようかしら」

「名古屋行くならヤマちゃんの手羽先、食べてみたい。ういろうとモーニングも」


 富士子さんと絢ちゃんまで勝手なこと言い出すし。もう僕は知らないぞ!


ノリノリのメンバーから目をそらしていると、今度はフルキンサポーターのスタッフたちが話し出す。


「い、飯田は気温がこちらより、だだ、だいぶ高いそうですから…今度はうちわなどをグッズに入れてみてはど、どど、どうでしょうか!?」


 すでに次回のライブグッズの構想まで練り始めているのは榎本さん。榎本さん…積極的なのはいいんですが、求職活動のほうは……。


「飯田に学生時代のダチがいるから、久々に会いに行ってみるのも悪くねえかもな」


 岩島さん!プライベートで行ってください!


「俺も富士子ちゃんに着いて名古屋いこっかな~。名古屋嬢って可愛いよね☆」


 ナンパ目的の美空さんは問題外!!てか、もはや名古屋がメインかよ!!


「おい橋本!!費用は俺が全負担するから、飯田の祭りに美奈さんを連れてこい!いいな!S大生の命令だ!!」


 そんなこと知るか!!笠谷さんと姉貴の間にこれ以上妙なフラグをたててたまるかよ!


 うあー!!なんでみんなこんなにやる気なんだよお!また怒涛の一か月が始まってしまうのかああ!!


僕が頭をがしがしやっていると、春花さんが目の前にとことこっと寄ってきた。


「はーしもーとくんっ?」

「は…はい、なんでしょうか…?」


 ふにゃんとした笑顔で僕の名前を呼ぶ。そして…――。


「頑張っていきましょうねっ?プロデューサーさんっ」


 スタッフとメンバーの視線が僕に集まる。溜息をつきながらも……心の中にわくわくした感情が沸き起こってくるのを抑えることができなかった。

 そして…気が付くと僕はコクンと頷いていたのだった。
























アンコール




 今日も僕の手の中で彼女たちは踊っている。


 フルキンプロデュースを始めてからも、アイマイにかける情熱は失っていなかった。

今週も課金アイテム『トロピカルフルーツワンピ』をダウンロードしたし!

 画面のなかのみいなはやっぱり可愛くて、連日の学生活動とプロデュース稼業で疲弊した僕の心を癒してくれた。


『――ではっ!次の曲、聴いてください!愛と涙の横断歩道!』


 次の曲…か。セカンドシングルの『美味しい太陽!』はやいとこ仕上がればいいんだけど。

ダンスのひっつめ先生と、歌のりえたん先生のスパルタ指導があれば、なんとかなる…かな…?


郷戸とハヤちゃんに次回のライブについて話したら、「サードシングルいくぞー!」なんて言い出しちゃうし。


「みんなすごいよなぁ…。僕は……」


 僕は…ちゃんとフルキンの役に立てたんだろうか。

振り返ってみると、ろくなことしてなかった気がするな…。こんな僕がプロデューサー続けてていいんだろうか?


 その時、僕の携帯電話が音楽を奏でた。画面には「春花さん」の文字。


これまでは、アイマイの曲かマナーモードが常だったけど、こないだのミーティングのあと春花さんに勧められて、着メロをダウンロードした。

 曲は有名ビジュアル系バンドの代表曲。


 春花さんは学生時代バンギャルだったらしく、ビジュアル系やロック、メタル系音楽にすごく詳しくて驚いた。バンギャルっていうのはバンドマンの追っかけみたいな人達のことらしい。(ぽわぽわ天然の春花さんがビジュアル系のライブで暴れてるところなんて全然想像できそうにない…)


初めて設定したアイマイ以外の着メロに新鮮さを感じながら、僕は通話ボタンを押した。


「もしもし」

「あ、橋本くんっ。今日のミーティングで話し合う物販のことなんだけど…」


春花さんの言葉に、僕は寝そべっていたベッドから跳ね起きた。


やばい!!今日二時からミーティングだった!!携帯を持ったまま、スウェットを脱ぎ捨てる。えーっと、Tシャツどこやったっけ!?


「橋本くん?聞いてる~?」

「あばばば!!は、はい聞いてます、聞いてます、けど!!うげぁ!」


 脱ぎかけのスウェットのズボンが足に絡まり、僕は激しく転倒した。


「わぁっ!大丈夫!?すごい音したけど…」

「はは…平気っす。それより何の用ですか?」

 受話器の向こうで春花さんがクスクス笑った。


「なんか大変そうみたいだから、向こうで話すよっ!あ……でも、ひとつだけ…」

「なんすか?あー…いってて…」


 一呼吸の間のあとに、春花さんはこう言った。


「この間のさ…着メロ………どう、かな…?気に入ってる?無理やり設定しちゃったから、気になってて…」

「よかったっすよ!ビジュアル系、あんまわかんないですけど、メロディ綺麗で気に入ってます」

「そっかぁ……気に入ってくれたならよかったよっ!」

「それがどうかしたんすか?」

「べ、べつに…ちょっと気になっただけ…。あ、あのね…タイトル!曲名なんだけどねっ!!別に深い意味とかないんだよっ!?ほんとに!すごいいい曲だから着メロにしてほしくて!!うん!それだけ!!じゃ、またあとでねっ!!」


 嵐のような早口でまくしたてると、春花さんは一方的に電話を切ってしまった。

……うーん。なんだったんだろう…。


 とにかく早く着替えて行かなきゃな!

今日のミーティングには、郷戸とハヤちゃんも参加するし。(最近じゃ二人をフルキンサポーターに迎え入れる話も出ている!)

 僕は絡まっていたスウェットを振りほどき、ゲーム機の電源を落とした。


「そういえば春花さん、着メロの曲名がどうのって言ってたよな」


 ふと気になって携帯を見た。液晶に映った曲名は


「ふぉー…えばー、らぶ……ラブ…LOVE?……ってうええええい!?」


 数秒間固まって、

僕は階段を転がり落ちた。


「オタふみ、うっせえぞ!」



なんとか起き上った僕は、姉貴の怒鳴り声を背中に受けながら家を飛び出した。


スタッフたち、そしてフルーツ王国のメンバー三人が待っている公民館へ向けて―――-僕は自転車を駆った。


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