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笑顔を咲かせて

二十九話 笑顔を咲かせて



「こんにちはっ!フルーツ王国ですっ!信濃ゴールドみたいに輝いちゃいますよ!」

「濃厚果汁でとろけさせてあげる♪」

「応援よろしくおねがいしますっ!!」


 挨拶が済むと、『100%☆キラキラ』のイントロが流れ出した。

春花さんがリズムに合わせて飛び跳ねながら叫んだ。


「一曲目は『100%☆キラキラ』ですっ!」


 そしてAメロが始まった。

 郷戸が作ってくれた歌詞。ハヤちゃんの作ってくれた曲。

三百人を超えるお客さんが聴いてくれている。

僕は思わず舞台袖から身を乗り出しそうになって、そばにいたスタッフさんに止められた。


 曲はサビに差しかかろうとしていた。

すると、春花さんが一瞬マイクを離して、手拍子のポーズをとった。

サビにあわせて、お客さんに手拍子をしてもらおうって考えか!ドキドキしながら見ていると、メンバー達がサビを歌いだした。


 会場を見てみると…ぱらぱらと手拍子の波が起こり始めていた。

物販のテントからは、フルキンサポーターのみんなが出てきて手拍子をしてくれている。


 なぜか最前列では、姉貴とパソコンとカメラを携えた笠谷さん、そしてヒャッハア軍団が陣取って手拍子をしていた。どうやって最前を確保したのかは考えたくないな…。


 そしてその後ろでは郷戸が激しくサイリウムを振りまくっていた。

あれがオタ芸かあ。始めて生で見たけど…なんかいろいろすごいな…。

その横では、なんとハヤちゃんまで見よう見まねでオタ芸を打っていた。

ハヤちゃん、まさか本当にやるとは…。

さすがの女バス勢も、二人から若干距離を取っているように見えた…。


 手拍子の波は次第に大きくなっていった。

そして曲が後半にはいると、客席は大きな手拍子の音に包まれていた。

僕はようやく、緊張でこわばっていた握り拳をそっとほどくことができた。


そして……最後のサビが終わり、メロディが消えた。


「手拍子、ありがとうございましたぁ!」


 メンバー達が客席に手を振りながら、声を張る。

まずは一曲終わった。ここまでは最高の出来だ!歌詞も振りも完ぺきだった。あとは…新曲『美味しい太陽!』だ!


…と、その前に。予定ではここでMCが入ることになっていた。

リハではMCを練習することはできなかったから、事実上ぶっつけ本番というわけだ。

大丈夫かな…。春花さん、アドリブきかなそうだし…。


「改めましてこんにちはっ!フルーツ王国です!今日は結成してから2回目のステージですっ」

「まだまだ青い俺たち…じゃなくて、私たちですが!みなさんに元気と幸せを届けられるように精一杯がんばっていきます!」

 

 富士子さんと絢ちゃんが晴れやかな笑顔でそう言った。

おお!なかなか板についたMCじゃないか!(客席から「佐藤さ~ん!!」「ジュンちゃ~ん!」と声がかかって、二人ともめちゃくちゃ動揺してたけど)


 そして問題の春花さんはというと…。


「えっと…その…あの…あぅ」


 …やっぱ考えてなかったんだな。

まあ、直前まで歌詞と振り叩きこんでたんだから無理もないか。

なかなか話し出さない春花さんに、他の二人は心配そうな視線を送っている。


やばいな、もう次の曲流してもらっちゃおうか…。

僕がそんなことを考えていると、春花さんが突然こう切り出した。


「……実は私たちメンバー、すっごく険悪だったんです」

『は…はぁ!?』


 春花さんが唐突に放ったトンデモ発言に、僕とメンバー二人は声をあげた。

 

春花さん!本番でなに言い出すんだ!そんなに鬱憤がたまってたのか!?

僕らの焦りをよそに、春花さんは静かな声で続けた。


「うしろでグッズを売ってくれてるスタッフさんも、最初はすっごくやる気がなくて。正直、もう解散しちゃうのかなあって思ったりしてましたぁ。あははっ」


いやいやいや!笑うとこじゃないからね!!

お客さんもさすがにざわつき始めた。

物販テントのフルキンサポーターは、弁解するように手をぶんぶん横に振りまくっている。


なんだ!この予想だにしていなかった展開は!!


テントにいる剛造さんは両手で「バッテン」をつくってステージを睨んでるし…。もう、曲流してもらうしかない!強制シャットアウトだ!


僕が音響を担当しているスタッフさんに駆け寄ろうとした…そのとき――。


「でも、みんな変わりましたっ!」


 春花さんの声は会場にはっきりと通っていた。

お客さんたちのざわつきがおさまって、会場は静けさに包まれた。

そんななかで、春花さんはいつものぽわぽわした笑顔を浮かべて言った。


「すっごく!すっごーく!!変わりました!今のフルーツ王国は100%キラキラですっ!!これからも、1000%キラキラ!10000%キラキラ!!無量大数キラキラ!!!になれるようにがんばりますっ!」


 無量大数ときましたか。

 僕はハラハラしながら様子を見守ることしかできない。


「だから…その…あの………だ…」

『だ…?』


 他の二人は引きつった顔で春花さんを見つめている。

お客さんの視線も春花さんに集中している。

この人…これ以上なにを…!?


「だ……黙って私たちに……ついてこいやあああああああああっ!!」


 春花さんが、今まで聞いたことがないようなデスボイスで絶叫した。

静かだった会場は、さらに水を打ったようにしん、となった。


 その様子を見た春花さんは「あれ?」というように首をかしげている。

 それさっき僕が盛大にハズしたやつうううう!!なんでそこで使っちゃったんだよおおお!

剛造さん、目で人殺せるんじゃないかってくらい睨んでるしいいい!

せっかく歌で盛り上がったのに…。完全に滑ってるし…。もう…おわり…だ…終わり…――。


「うぇ~いっ!!いいぞぉ~!!もっとやれ~!!」

 最前列から声が聞こえてきた。姉貴だ!!

それにつられるように舎弟のヒャッハア達も声を上げた。


『フルキンさいこおおおおお!!』

『一生ついてくっす!!ウオオオオオッス!!』


 なんだよ!この柄の悪いサクラたちはっ!本気で言ってくれてるんだろうけど、ますますひかれちゃうよ!!


僕が再び、音響さんのところへ走り出そうとすると、ふいに会場がざわつき始めた。

それは不穏なざわつきではなくて…あったかい笑い声…?


僕はいてもたってもいられなくなり、舞台袖を飛び出して会場に向かった。

そこで見たのは…お客さんたちの笑顔、笑顔、笑顔……。


「やばいっ!なんだあのデスボ!!センターの子すげえなあ!」

「ほんとにアイドルかよ!?でもなんだかおもしろいよな!」

「あの歌、けっこういいよね!サビのとこ、振付けかわいかったし!」

「さっきグッズ売ってるって言ってたね!あとで見に行ってみよっか!」


 フルーツ王国。春花さん、富士子さん、絢ちゃん。ほんとに…三人とも…

「アイドルに…なったんだ」


 僕はそうつぶやいて客席からステージを見つめた。

春花さんが手を振って叫んだ。今度はいつもの、ちょっと舌っ足らずなアニメ声で。


「ではっ!次の曲をきいてくださいっ!『美味しい太陽!』」




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