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走り出した僕らは

二十話 走り出した僕らは




 激動の一か月が始まった。


僕は学校から帰ると毎日ビラ配りに走った。

岩島さんは土木の仕事があるし、榎本さんも職安に通ったりで忙しいらしく、ビラ配りに来れる日は不定期だった。


僕一人で配る日もあったが、ひるむことなくビラがなくなるまで配り続けた。

篠井駅前で配ったときは、同じ学校の奴らに好奇の目で見られたりして、けっこう辛かった。

長野駅前で配ったときは、中身を見ずに目の前でビラを捨てられたこともあった。

それでも頑張れたのは、郷戸やハヤちゃんが手伝いにきてくれたり、商店街のひとに「がんばってね」と声をかけてもらったりしたからだろう。


 地道なPR活動だけど…少しづつでも前進している。

フルーツ王国の存在が広まり始めてる。そんな手ごたえが、僕らの活動を後押ししていた。

 そんななか、僕はメンバーの共同練習に顔を出した。

今日の会場は、健吾さんの顔見知りだというジャズダンスの先生のスクールだった。


「こんにちはー…」


 初めて入るダンススクールの会場に怖気づきながら、僕は入り口のドアを開けた。

と、同時に鋭い怒声が響いてきた。僕は思わず後ずさってしまった。


「やる気がないなら帰りなさい!!この間も同じところでとちったでしょ!?」

「はいっ…!すみません!」

「もう一回!同じとこから!」


 長い黒髪をひっつめた長身の女の人が、春花さんに厳しい声を投げつけている。

この人が先生か…。健吾さん、とんでもないスパルタ講師を連れてきたなあ。


そう思いながら眺めていると、ひっつめ先生が振り返った。

ぎくり、としてふたたび後ずさる。そんな僕に先生はさっぱりした笑みを投げかけた。


「きみが橋本君ね!健吾君から聞いてるよ!アイドルプロデュースの天才、なんだってね?」

「いいい、いやいやいや!全然まったくそんなんじゃ…!!」

「はははっ!照れなくていいって!そこらへん座ってなよ。まだ練習始まったばっかりだからさっ」


 僕は促されるままそばにあった折りたたみの椅子に腰かけた。そして目の前のメンバー三人の様子をうかがう。

三人の額には玉のような汗。春花さんと富士子さんに至っては息があがってきている。絢ちゃんはスポーツをやっているからか、まだそれほどではないけれど、ステップが少し遅れ気味になっている。


 まだ練習始まったばっかり?冗談だろ?だって三人ともすでにバテバテじゃないか…。


「春花!またとちった!あんたは向こうで同じとこ、できるまで練習してな!完ぺきにできるまでこっち戻ってこなくていいから!富士子!息上がってる!本番は歌も歌うんだよ!?そんなゼエゼエしてたんじゃ話にならないよ!絢、音ズレしてる!音楽よく聞いて!」


 先生から厳しい激が飛ぶ。三人は悔しさの滲む表情で必死にステップを踏んでいる。

メンバーたちの頑張っている姿を見て、僕のなかにじわりと熱い気持ちが湧き上がった。


「が……が…がんばれ!!がんばれ―――!!」

「は、橋本くん!?」


 ようやく僕に気が付いた春花さんたちが、驚いた顔でこちらを見た。


 あれ…?僕、なんで叫んだんだ?

熱い思いがほとばしっちゃって…それで…つい…。うわ、冷静になって考えたら、めちゃくちゃ恥ずかしい!!


僕が手で顔を覆い隠して俯いていると、「ブハッ」と噴きだす声がした。先生だ。先生が僕を指差して爆笑していた。


「アハハハハ!こ、これは良い応援団じゃないか!アハハ!が、がんばれーって…いや、いいんだよっ?熱いのは私も好きだし…けどいきなり絶叫って…アハハハ!!きみ、おもしろいね!いいよいいよ!」


 なんかツボに入ったらしい…。

笑い続ける先生から視線を引きはがして、僕は立ち上がってメンバ三人に向き直った。


「あ…あの!がんばって…ください!!僕も、頑張ります!!」


 富士子さんが息を荒げながら言った。

「あんたに言われなくても頑張るわよ!今回はちょっと…本気見せなきゃなんないんだから。ったく…竹花君のせいよ……!」


 竹花くん?富士子さんの彼氏かな?彼氏が見に来るから頑張るってわけかあ。ナルホドネ。


「そっちもビラ配り、頑張って。目の前で捨てられてもくじけるなよ?」

絢ちゃん…応援嬉しいけど、それすでにやられました…。けど!心はまだ折れてないぜ!


「橋本くん…来てくれたんだぁ。橋本くんが見ててくれるんだからがんばらなくちゃなあ」


 春花さん…なんで目、キラキラさせてそんなセリフを…?

ほんと、そういうセリフに耐性ないし勘違いしちゃうので、妙なフラグ乱立するのはやめてください…頼むから…。


「春花!ピンク色したキラキラエフェクト背負ってないで、さっさと練習してきな!!今日中にこのパート仕上げるよ!なんせ時間がないからね!ビシバシいくよ!!」

「は、はいぃっ!」


 笑いの発作から生還した先生が、春花さんに怒鳴った。

そしてふと、僕を振り返る。

え?なんすか…?


「橋本君、もしかしてきみさぁ…?」

「はい?」

「…年上キラー?」


 ち が い ま す!(…多分)



***



「もっちー大尉、フルキンの活動はうまくいきそうか?」


 郷戸の問いかけに僕は「うーん」と唸る。


「今のとこはまだ何とも。けど、頑張ってるよ」

「そうか。小生も協力は惜しまないつもりだ。ビラ配りも行くぞ。ただし、魔法少女メシハ☆マダカの放送日は勘弁してくれたまえ。蓬田れんれん氏が主人公の親友役で出ていてな。今度は黒髪ツインテの清楚系ビッチの役で…」

「清楚系ビッチて…。思いっきり矛盾してるし。あ、あとビラ配りはもういいよ。今週は榎本さんがきてくれるし、週末は岩島さんも入れるっていうからさ」


 郷戸は「ふんふん」と満足そうに頷いた。


「もっちー、プロデューサーの貫録がでてきましたな?この間のライブ後にメンバーを怒鳴りつけていたのと同一人物とは思えんなあ」

「うっ…それは…!」


 苦い出来事を思い出して僕は顔をゆがめた。春花さんの涙声と、崩れ落ちそうな危うい表情が思い出される。


 郷戸は僕の様子を察してか、ドゥハハとでかい声で笑った。

クラスの女子から絶対零度の視線が飛ぶ…。


「小生は褒めているのだよ。貴様は既に卑屈で根暗で失礼極まりない平々凡々な高校生から脱却したのだ!喜びたまえ!!」


 郷戸…前は僕のことそんな風に思ってたわけか。まったく喜べないんですけど。


「それよりも…小生には気にかかることがあるのだよ…」

「え?なに?フルキンのこと?」

「…まあ、そうだな」


 郷戸は、珍しく深刻な声色で僕に詰め寄った。なんか…怖いんだけど。


「もっちー…貴様…まさかとは思うが、メンバーの三次元女子とやましい関係になったりは…してないだろうな?」

「うぇあ!?や、やや、やましい!?」

「ああ!!動揺した!いま、動揺した!怪しい…怪しいぞ、貴様ぁ!!思い当たる節があるな!?言え!言わぬとこれだぞよ!!」


今にもとびかかってきそうな郷戸を必死で押しとどめながら、僕はわたわたと言い訳を考える。って言い訳!?なんで言い訳しなきゃいけないんだよ!!別に後ろ暗いところないし!やましいことなんて全然…!


「……あ」


 病院でのやり取りを思い出して、顔がボッと火が付いたように熱を持つ。

それを見逃してくれる郷戸ではなかった。


「き、貴様…!!温いオタクだとは思っていたが…!!とんだ腑抜け野郎だ!我々は二次キャラに永遠の愛を誓った同志ではなかったのか!?それを…それを、三次元女子との不貞行為で穢すとは!!獄門打ち首では生ぬるいくらいの重罪だ!今のもっちーは、『オレ、実はオタクなんだよね☆ワン〇とか好きだしぃ~。ア〇バスタ編までしか観てないけどぉ~。ウェ~イ♪』とかのたまうファッションオタクと同類だ!!切り捨て御免!!」

「うわ!意味わからん!イタ!!痛い!!延髄チョップはやめろって…!ほんとに痛い…!」


 郷戸からの拷問を受けながらも、僕の頭からは春花さんの姿が離れなかった。

いやいや…ダメだろ。あっち二十四歳だし…社会人だし…僕なんか高校生のガキだし…。相手にされてないって……じゃなくて!!

ちがうちがうちがう!!なにリアルに考え込んでんだよ!!

僕にはみいながいるし!現実世界で恋愛とかない!ないから!!!


「何を一人で考え込んでる!?貴様、またよからぬことを考えているな…!懲りないヤツめ!成敗!!」

「やーめーろー!!」


 クラスメイトたちの冷ややかな視線に晒されながら、僕は魔手から逃れるため駆け出した。

心臓のバクバクがおさまらないのは、久々の全力ダッシュのせいか。それとも……?


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